普通になりたい病

このブログでも何度も書いているが、私は「普通になりたい」「普通でありたかった」という気持ちが非常に強い。強迫観念というか病的なほどだと思う。何が普通かも、普通の方が幸せかもも分からないのに。
私の結婚が失敗に終わった最大の理由も、そもそも結婚を決めた最大の理由が「普通でありたいから(普通の人は結婚するから)」だったからではないかと思っているほどだ。

そんな話を友人にすると「どうしてそんなに普通になりたいんですか」と訊かれ、予想外の質問に思わず考えた。
え? どうしてって…どうしてだろう。

振り返ってみると、私は自分が「普通」ではないことに、保育園時代から気づいていたように思う。
当然母はもっと前から気づいていたようだ。
保育園でも学校でも変わっているとは言われ続けてきた。

だが、思い起こす限り、私は普通でないことを否定されたことはない。普通になれと強制されたこともない。むしろ、面白い子、ユニークな子として理解され、応援してもらったように思う。とても幸運だったはずだ。
大人になってからも、変わっているとか個性的とかは言われても、そのまま受け入れてくれる人達と友人関係などが築けている。

それなのにどうして、こんなにも普通にあこがれるのだろう。

これだけいろいろなことが出来なくても、出来ることを見つけて仕事してる私ってすごいじゃん。
大変でもこれだけ工夫してそれなりに乗り切ってる私って頑張ってるじゃん。
なんだかんだいって日常生活も社会生活もできて周囲に迷惑かけているわけでもなし、これで立派なものじゃないの。
そう思おうとするのに……。

普通が良かった。

今時こんなお医者さんが……

時々、人と話していて聞こえにくいなと漠然と感じることがあった。
今の仕事は英語が多いので、日本語では推測で補えることも英語だと(もともと相当部分を推測で補っているので)聞こえが悪くなるのは非常に困る。
健診に行った際の聴力検査で「右の低い音がよく聞こえてませんね」と言われた。
左はぎりぎり正常の下限だそうだ。

で、耳鼻科に行ってきた。
適当に家から一番近いところを選んでいってきたのだけれど、すごかった。
都内一等地の大通り沿い。ビルに立派な看板が出ている。
なのに、入り口を見ると「これが入り口?」と迷うような入り口だった。なんというか、場末の焼き鳥屋の裏口みたいというのだろうか。
ためらいながら開けてみると、その場が即受付。
そしてその受付の人と50cmぐらいのところにお医者さんが座っている。
うーん、なんというのか、16平米ぐらいの築40年ぐらいのワンルームマンションを想像してほしい・・・
そこに、待合室というか待つスペースと受付と診察室というか診察スペースがぐちゃっと入っている。待合スペースの椅子も何十年使ってるんだというような骨とう品。
間違ったとこきちゃったなーと思いながら、しょうがないので受付をして呼ばれるのを待ち、診察になった。
ま、耳鼻科なのでプライバシーは必要ないのかもしれないけど、そんな状況なのでもちろん他人の診察は丸見え丸聞こえ。

「健診で右耳の低い音が聞こえてないと言われたので」と言うと、お医者さんは「え? 何?」と。
この医者の方が私より絶対聞こえてないと思いながら、声を大きくして繰り返す。
「ああ、そう。じゃあ音の検査するからね」とぞんざいな口調とぞんざいなてつきで両耳聴力検査と加圧検査をする。

医者「鼻水出ない?」
私「出ません」
医者「鼻水出ないの?」
私「出ません!」
医者「めまいは?」
私「ありません」
医者「めまいしないの?」
私「しません!」
いらつく。頭悪いんじゃないの、このお医者さん。

私としては、年齢的なものかな、しょうがないのかな、年齢的なものだとすると治療は難しいのかもしれないし、でも補聴器も嫌だなあと思っていた。
診断は中耳炎。
は?

加齢だと治療方法がないから? 中耳炎てことで診察通わせて患者確保しようとしてる?
疑った私は「年齢のせいならしょうがないかなとも思ってたんですけど」と言ってみた。
すると。
「今、5種類の音の検査したんだけど、完全に聞こえてるのは2種類だけ。右は確かに低い音が聞こえてないけれど、左も少し高い音が聞きにくくなっていて、聞こえている範囲が左右違ってる。加齢の場合は高い音から聞こえにくくなっていくから、加齢の影響というなら左の方が可能性がある。右は低い音が聞こえてないから、これは中耳炎の可能性が高い」

おお。そうなのか。あの乱暴なてつきとぞんざいな対応で、一応そういうことを判断していたのか。
そして「加齢の場合は高い音から」も、確かにそんなことを聞いたことがある。納得のいく説明だ。

「じゃ、XXとXXという薬を出しておくから」と言われて、その場でお医者さんが机の引き出しから何種類かのお薬を取り出して適当に(?)数えて「2週間分出しておくからね」と言って受付に回す。
最近院内処方はあまり見なくなったけれど、この院内処方はすごすぎるぞ。お薬のこんな乱暴な取り扱いみたことないぞ。

というわけで、一応本物のお医者さんではあるような気はするのだけれど、引き続き受診するかどうかは悩ましいところだ。
まあ、2週間お薬を飲んでみてから考えよう。

大人気なくても自分の時間と自分のお金

会社で飲み仲間が出来た。
というか、残業で遅くなったときの帰りがけに一杯飲んでいきましょうか、ということが何度かあったぐらいだけれど、もともと人付き合いの悪い私は転職後何か月かでそういうふうに呑める人が出来ると思わなかったので、ちょっと嬉しかった。

今夜、そろそろ……というときに目が合ったので、「行きます?」と誘ってみた。
これも人を誘うことが苦手な私からするとかなり珍しい。
「行きましょう!」ということで、3人で飲みにいくことになった。

その後しばらく仕事をして、そろそろ出るかぁ、と思いながら約束した人の様子をうかがうと、私の苦手なXさんと話している。私はこのXさんはそばに寄るのも嫌なので、というか視界に入るのさえむかつくので、しばらく待っていた。
そのうちその約束した人が席を立ってこっちに来たので、行けそうかなと思って「いつでも出られますよ」と声をかけた。
すると「Xさんも行きたいそうなんですけど、いいですか」と言われた。

ま、この状況で普通「だめです」とは言わないよね。
もちろん大人な私も言いません。
私は「え、Xさんが行くなら私が行きません」と言った。

急に用事を思い出してというのもしらじらしいし、今後のこともある。
「Xさん苦手なので、業務の飲み会ならともかく、プライベートで一緒に行く気はまったくありません」ときっぱり断った。
「え、すみません、知らなくて。あゆみさんと先約ですから、それならXさん断りますから」と言われたが、私の気分はもうささくれだっている。
「すみません、なんかそれも悪いですし、もう飲みにいく気分じゃなくなっちゃって。わがままいってすみません」と言ってさっさと帰ってきた。

私的にはこういう場面で「すみません」「わがまま言って」と口に出来るのが自分なりの精一杯の大人ライン。
でも、こういうところがやっぱり非社交的なんだろうな。

だけど、非社交的でもいい。なんで飲みたくもない人と飲むために貴重な自分の時間とお金を費やさないといけないのだ。

帰りは一人で気軽なイタリアンでピザとサラダをつまみ、ビールとワインを呑んだ。
嫌いな人と飲むより、一人の方がよっぽどいい。

休むのは悪くない

今朝も仕事をしていたのだけれど、デパスを飲んでも心臓バクバクが止まらず、今日は仕事はしないと決めて1日過ごした。

少し出かけようと思って、外に出た。
電車に乗ると席が空いていたので座った。
・・・寝た。目が覚めたらどこにいるのか分からないほど(乗り越してはいなかった)熟睡した。乗り換えたら座れたので、そしたらまた寝てしまった。これも目が覚めたらもう降りる駅のドアが開いていたので慌てて降りた。
久しぶりに電車で寝た。こんなに熟睡するんだなあ。そういえば私はもともと乗り物は何でも寝るタチだった。でも最近は通勤電車でも座れても携帯で仕事しているので、そんな余裕がなかった。

家に帰ってきてPCを開けようとしたら猛烈に眠くなってきて、寝に行った。
目が覚めたら6時間経過していた。これ、もはや昼寝じゃないよね…

やっぱり睡眠不足だったな。それでも昨日までがつがつ仕事をしていたのは、やはりアドレナリンとかで体と脳を非常事態にしていたのだろう。でもそれって続けるのは良くない。

昨日までいらついていた中には、バカな上司と効率の悪い部下という問題もあった。
効率の悪い部下については、つい「〇〇の件はまだですか?」「優先度の高いものからやってください」「これ、急ぎって言いましたよね」と言ってしまっていたのだけれど、月曜からは朝にその日の仕事をきちんと話し合うことにしよう。
私の言葉遣いからも想像できるように年齢的にさほど変わらない男性で、社会人としての経験はあるのでつい「これぐらい分かるだろう」と思ってしまいがちなのだけれど、分かってないんだから怒ってもしょうがないよね。
(でもほんとに「これぐらい分かるでしょう」「え、言ったよね」「時間かけるの、そこか?」のレベルなんだけど)

山本五十六の名言に
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
がある。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
と続く。
この言葉はずいぶん前に見てから、ずっと意識してきたつもりだ。
意識してきたつもりなんだけど、足りないんだろうな。
1行目は何とかなる。
でも2行目。「任せてやらねば」の部分は、任せるととんでもないことしでかしちゃう人には使えない。
そして3行目。「信頼」できる仕事をしてくれないことにはなあ……。
というわけで、出来ない部下には2行目3行目が難しい。
ま、でもたいていの人には難しいから、1行目だけ有名なのかもしれないね。1行目は上司側の努力で何とかなる範囲だから。

そしてバカな上司は。
上司の方が手の打ちようがないんだよね。
とりあえず、「バカにキレる自分もバカ」と自分を諫めた。
あとは、最低限しかかかわらないようにしよう。
挨拶ぐらいはするにしても、どうせバカからロクな指示が出るはずはないのだから、相談はせずに報告だけしよう。
(今の会社で私の権限はかなり大きいので、実は相談が必要なことはほとんどない。いわば礼儀として相談の形を取っていただけのものが多く、さらにいえばUS側の本社からは「報告しても無駄だから報告も不要」と言われているぐらいだ。さすがにそれは自分のリスクヘッジもあるので報告だけはしておこうと思っているけれど)

眠くなってきた。6時間昼寝したんだけど。
睡眠薬なしで寝られるかも。

長時間労働

吐きそうなほど働いている。
外資の時差のせいで、日中日本時間で働き、夜と早朝はアメリカ時間で働いている。猛烈な集中力と持続力で、昼休みもほとんど取らずに大量の仕事をこなしているのだけれど、それでも終わらない。むしろ増える。
インターネットのせいで家でも仕事が出来るので、毎日PCを持ち帰って夜中まで働いている。

私は大人にしては睡眠時間が長い方で、平日でも最低7時間は寝たい。出来れば9時間ぐらい寝たい。
それが睡眠時間も削って働いている。

こんなことが出来る私って、社会にすごく適応してるんじゃ…
本当に障害者なんだろうか…
と思うこともある。

しかしまあ、こういう生活は続けるものではない。
アドレナリンが出すぎるのか、怒りっぽくなる。
自分がこれほど必死になっているのに、なんで周りがこんなにのんびりして危機感がないのかといらつく。
部下が3回同じことを言っても出来ないことに、注意の声も尖る。

そして、心臓がバクバクし始めた。
サイレースは飲んでいるのに眠りが浅く、9時間だって寝たいはずの私が4時間で目が覚める。
仕事の夢を見始めた。

こりゃ、危ない。
いくら仕事自体は面白くても、これは危険信号だ。

今日はのんびりしようと思う。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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