今日会社で腹が立ったこと

カウンセラーからアンガーマネジメントとして、腹が立ったことを書いてみるというのはいいですよと言われたので試してみる。

先日来、上司から提出を求められていた書類があった。
同僚と私と同じ書類を自分の部下について出さなくてはならず、同僚の方が部下の人数が多いので、出すタイミングは合わせるよ、待っているよと言ってあった(私が先に出すと同僚に催促がいく可能性があるので)。

先週始めに、「いくらなんでもそろそろ出さないと」と言うと、「分かった、今後の月曜にして。そうしたらいざとなったら日曜に頑張るから」と言うので、日曜までやらざるをえないほどならしょうがない、待つか、と待った。

月曜に「間に合わないけど、もうあゆみは出しちゃっていいよ。私も明日には出すから」と言うので、「定時までは待つよ。でもじゃあそれで出しちゃうね」と言って、夕方の定時後に提出した。

今日もその同僚は提出していなかったのだが、夕方になって「この書式を変えたい」と言いだした。
共通書式なので、彼女が変えると私もやりなおさなくてはならない。

「次回提出分の話なら聞くけど、今回のはとりあえず出しちゃいなよ。今更私やだよ、そんなこと」
と言おうとしたのを我慢した。

秘境一人旅…到達出来ず

都心から2時間で行かれる秘境というところに行こうと思い立った。
(神奈川のユーシン渓谷)

梅雨や猛暑が始まる前に自然の中を歩きたいな、なんて思ってのことだ。
ふと思い立ってだったので、一人旅だ。
ついでだから温泉も行きたい。
というわけで、近くの温泉に前泊して、秘境にトライした。

「秘境ってったって、都心から2時間だよ」
「インターネットに出てる程度の秘境、ハイキング客がわさわさいるはず」
という私の思い込みは見事に外れた。

いない。お天気のいい日曜だというのに、人気がない。
とりあえず最寄りまでいくバス停でおり、ユーシン渓谷にいく道を歩く時点ですでに私一人だ。

車で来る人は多少いるようで、歩き出すと人の背中がちらりと見えた。
よかった、人がいるのね、と思いながら、その人しか見えないので置いていかれないようにと気が焦る。
が、いつのまにか置いていかれてしまった。
まったく無人というわけでもなく、時折は人の姿も見るし、すれ違う人もいる。
一本道なのにぽちぽち人の姿が見えたり消えたりするのは不思議だ。
でも基本的に人気がない。

まあいいか。とにかく自然の中を歩くのは気持ちいい。
と思ってしばらく歩いていたのだが…
通過するゲートに張られていた看板を見て震え上がった。
「クマ出没注意」

でも、せっかくここまで来たんだし。
そう思って、びくびくしながらゲートを超えて歩き出した。
数百メートル進むと、さらにでかでかと張り紙が出ていた。
「この先の林で平成28年6月に女性がクマに襲われる事件がありました。クマに十分ご注意ください」

ご注意って、どう注意すればいいんだ!
それに28年6月ってことはほんの1年前の、しかも同じシーズン。今はクマが出やすい季節なの?

私は温泉一人旅でも、そういうときの一人ご飯でも、一人飲みも、グループばかりでいっぱいのバスに一人単独で乗っていることも、一人でハイキングすることも、まったく平気だ。人目は気にならない方だし、やりたいことをやりたい。
しかし……クマ。
このときばかりは一人で来たことを後悔した。

結局、クマも怖かったが、とても私の体力では帰りのバスまでに目的地に行って戻ってくることが無理そうに思えたので途中で撤退した。それでも往復で山道を10キロ以上は歩いている。
温泉は前泊ではなく、帰りに寄るべきだった……。今日は筋肉痛だ。

カウンセラーのアンガーマネジメント

最近、イライラしているみたいでつまらないことをカッとしてしまうことが多い、という相談をカウンセリングでしてきた。
もともと私は短気なところがあり、アンガーマネジメントはそれなりに試みている。でも、今はダメなのだ。
そう言うとカウンセラーにどんなアンガーマネジメントをしているか尋ねられたので、「一般的なことです。一呼吸おく、その場を離れる、飲み物を買いにいく、怒りを数値化してみる……これぐらいはやっているんですけど、うまくできません」と言った。
するとカウンセラーは「出来ることはやっているんですね。困りましたね」と言ってから、唐突に「フランクルの『夜と霧』って呼んだことあります?」と聞いてきた。
「もちろんあります」と答えると、「あれ、読んでみたらどうですか。あれを読むと、つまらないことで怒っているのがばかばかしくなります」と言う。
(「夜と霧」はアウシュビッツでホロコーストを生き延びたユダヤ人精神科医の回想録)

そ、そりゃまあ、そうかもしれないけど、それは極端というか・・・

「うーん、なんというか、それ。そうですね、私が今貧困に苦しんでいて生活保護でぎりぎりの生活をしていて、明日食べるものも心配というような生活をしているという相談をしたら、『ナイジェリアやルアンダの難民キャンプの人たちのことを思えば、今日食べるものがあるだけでもありがたい、明日のことを悩むなんて贅沢って思えるでしょ』と言われているのと同じような感じじゃないでしょうか。ちょっと極端ですし、現実味がありません」と言った。
(このカウンセラーとのつきあいは長く、言いたいことを言わせてもらっている)

意外なことに、これはそのカウンセラーの実体験なのだそうだ。
自分がすごくイライラして些細なことに怒りっぽくなっていた時期に、夜と霧を読み、「どんな環境でも人の心は自由だ」という文章に心打たれ、自分のいらつきがおさまったのだとか。

カウンセラーがそう言うと、なんか説得力がある。
それで、「じゃあ読んでみようかという気になりました……。でもあれ、重いんですよね」と言うと、「そうなんですよね。私も薦めながら言うのもなんですけど、今のあゆみさんに薦める本じゃないな、と……」と優柔不断なことを言う。
「そうですねえ。まあ、読めそうだったら読んでみます」ということにした。

この夜と霧の作者は自分は生き延びたが、奥さんをアウシュビッツで亡くしている。
「きっと、あの冷静な『夜と霧』では書けない思いはたくさんあったでしょうね」と私が言うと、カウンセラーは「そうですね。それでも、その中でフランクルが残したい、と思った内容があの本なんですよね」と言った。
うまく表現できないが、ああ、きっとそうなんだな、と思った。

あと、カウンセラーは「言葉で怒る前に、メールに書くとか、他の方法で発散することを考えるといいですよ」と言った。
おお、なるほど。と内心思った。「内心」と言うのは、「じゃあこのブログに書こうと思ったからだ(ブログを書いていることはカウンセラーには言っていない)。
当分、ここをアンガーマネジメントの場にさせてもらおう。

それから、もっと単純な方法として「深呼吸がいいですよ」と教えてもらった。ふむふむ。

それにしても、ストレスで怒りっぽくなっているという人にフランクルの夜と霧を薦めるより、普通は深呼吸を先に薦めると思うのだが。
それだけに、きっと自分も怒りっぽかった時期に夜と霧を読んだという話は本当なのだろうなと思った。

とりあえず謝るということ

最近の記事で「理由はわからないけれど怒られているらしいからとりあえず謝る」という話を書いた。

これは子どものころからの長年の経験によるところが大きい。
元々私は人の様子を見て取ることが下手だ。だから、私が「なんか怒ってるんじゃ?」と思った段階ではすでに相手は激怒している段階のことが多い。
そこで「何か怒ってる?」なんて聞いたらそりゃ火に油だ。

親に怒られても意味が分からなかった。分からないから「どうして怒ってるの?」と聞くと「自分で考えなさい!」とさらに怒られる。
考えて分からないから聞いているのだ。
考えても分からないから聞いているのにというと屁理屈ばかりこねると言われ、黙るしかない。
だけど黙っていると「なんで怒られてるのか分かった???」と言われ、ここで「分かった」と言ってもその説明を求められたら答えられないし、「分からない」と答えるとさらに怒られる。
かわいげのない子ね、強情な子ね、とよく言われた。
私にとっては地雷畑を歩いているようなものだ。いつかはどっかーんと来る。でも分からない。一歩一歩、抜き足差し足、おそるおそる進しかない。

とりあえず謝る、は、その段階にいくまでに相手の気持ちを和らげるという意味では比較的有効だ。
ただ、前述のように人の様子を見て取ることが苦手な私が気づく段階では、すでに相手はかなり怒っていることが多い。
だから、ここで「謝る」は「平謝りに謝る」だ。とにかく、理由が分からない以上、「言い訳をせず」謝ることが肝心。

でも不条理だなあと思う。
どうして怒っているなら怒っていると言ってくれないのか。
そしてなぜそれを察しないことでさらに怒られなくてはならないのか。

強情だと言われても、私は私なりに「理解できない理由でとにかく謝る」と最大限の努力をしているのに。

離婚して良かったこと―母の日

母の日にカーネーションとプチギフトを送った。
金額を露骨に言うのもいかがなものかと思うが言ってしまうと、総額数千円のものだ。

今年ギフトの手配をしたときに、しみじみ「離婚して良かった」と思った。

元夫は金銭にシビア、というか、はっきり言えば他人に対してお金を使うことにケチだった。

結婚した最初の年の母の日に、元義実家と実家に母の日のお花の手配をしたときの衝撃は忘れられない。
最初の年だし、ちょっと頑張った方がいいかなとは思ったのだが、元夫がケチなことは既に分かっていたので、お花とプチケーキのセットの3500円ぐらいのものにした。楽○ランキング1位だったという安直な基準だが、私の感覚からすれば40代の夫婦が母の日に送るには控えめな金額のつもりだった。

元夫に「母の日の注文しておいたよ」と言うと、元夫は「いくら?」と聞いた。
最初の質問が、「何選んだの?」ではないことにややびっくりしながら、「送料無料で3500円ぐらい、両方で7000円だった」と言うと、「高いね」と言われた。

衝撃だった。
私の感覚では、上述のとおり、むしろ控えめだと思っていたからだ。
私たちは裕福だったわけでも高級取りだったわけでもない。それでも母の日のギフト話が出たのはその何日か前に二人で近所のお寿司屋さんにご飯食べにいった時のことで、その際には二人で2万円ほど使っている。そういう生活レベルで、母の日の3500円が高い?

金銭感覚は夫婦でも難しい問題だと思う。
そして、本当は夫婦できちんと話し合いながら、一つ一つ解決していくものなのかもしれない。

でも離婚した今、私は「母の日の数千円のギフトぐらい好きに買えて、本当に良かった」と思うのが正直なところだ。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。
子供の頃から対人関係が苦手、就職後も職を転々。40代に入り上司のパワハラに参ってしまったのをきっかけに精神科の門を叩き、発達障害と適応障害を診断されました。
もはや40代、会社勤めも一応は出来てる、今更発達障害と言われても……と思いつつ、この先の人生が少しでも楽に過ごせるように日々苦戦しながらいろいろ考えてます。

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