普通になりたい病

このブログでも何度も書いているが、私は「普通になりたい」「普通でありたかった」という気持ちが非常に強い。強迫観念というか病的なほどだと思う。何が普通かも、普通の方が幸せかもも分からないのに。
私の結婚が失敗に終わった最大の理由も、そもそも結婚を決めた最大の理由が「普通でありたいから(普通の人は結婚するから)」だったからではないかと思っているほどだ。

そんな話を友人にすると「どうしてそんなに普通になりたいんですか」と訊かれ、予想外の質問に思わず考えた。
え? どうしてって…どうしてだろう。

振り返ってみると、私は自分が「普通」ではないことに、保育園時代から気づいていたように思う。
当然母はもっと前から気づいていたようだ。
保育園でも学校でも変わっているとは言われ続けてきた。

だが、思い起こす限り、私は普通でないことを否定されたことはない。普通になれと強制されたこともない。むしろ、面白い子、ユニークな子として理解され、応援してもらったように思う。とても幸運だったはずだ。
大人になってからも、変わっているとか個性的とかは言われても、そのまま受け入れてくれる人達と友人関係などが築けている。

それなのにどうして、こんなにも普通にあこがれるのだろう。

これだけいろいろなことが出来なくても、出来ることを見つけて仕事してる私ってすごいじゃん。
大変でもこれだけ工夫してそれなりに乗り切ってる私って頑張ってるじゃん。
なんだかんだいって日常生活も社会生活もできて周囲に迷惑かけているわけでもなし、これで立派なものじゃないの。
そう思おうとするのに……。

普通が良かった。
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プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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