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登校拒否はないけれど

発達障害のある子どもには不登校が多いという。
そりゃそうだよなあ、と自分が子どもの頃を振り返っても思う。

小学生や中学生の子と話していて、「学校楽しい?」と尋ねて「楽しい!」と答える子がいる。「なんの時間が好き?」と尋ねると「休み時間と給食!」とのこと。
お母さんは「全くこの子は……」とため息をついて見せるのだが、私は心底羨ましい。

私は子どもの頃、休み時間と給食の時間が何より苦手だった。
だって、どうしていいか分からないのだから。「お友達と遊ぶ」が分からない。「お友達とご飯を食べておしゃべりをする」が分からない。
授業中の方が座っていればいいので、ずっと楽だった。
そして休み時間や給食の時間は本を読んで過ごしていた。「本が好きな子」というレッテルで過ごしていたが、あれで本が好きでなかったらあの休み時間や給食の時間をどう過ごしていたのだろうと思う。
そして授業は聞いていれば分かったので良かったが、あれで授業にもついていけなかったら、どこにも救いがなかっただろうとも思う。

そんな私は「登校拒否」をしたことがない。
しかし、今は「不登校」と言うんだな。学校に行けるのに行かないことを指すのなら、私にはそういう経験はある。
私の認識としてはそれは「仮病」「さぼり」だ。

時々、突然朝になると「学校に行きたくない」と思うのだ。
別にいじめられたとかそういうことではなかった。ただ、突然、本当にそう思うのだ。
とりあえず母に「寒気がする。頭が痛い」と訴える。
すると母が「熱測ってみなさい」と言って体温計を置いていくので、母の目を盗んでスタンドのライトに体温計の先を当てる。
昔の体温計というのは水銀が目盛りのところまで上がって表示されるようになっていて、熱いものにあてればすぐに温度は上がったのだ。
スタンドの白熱灯なら数秒で十分。目盛りを確認し、額に手を当てても「そんなに熱ないんじゃないの」と言われない程度、つまり36.8度とか37度とか、お医者さんに行くほどではないけれど母なら「今日は学校は休んだら」という程度の温度に設定する。
そして母が「うーん、ちょっと微熱ぐらいねえ。お医者さんいくほどではないと思うけど、学校はやめておきなさい」と言うのを聞いてほっとする。
これは私の基準では、母が休めと言っているのだから、私が登校を拒否しているわけではない、のだ。

うちは母も働いていたので、この程度の熱だと日中は私一人になった。
この「一人」が落ち着いた。私はたぶん、子どもの頃から「一人」や「静寂」を必要としていたのだろう。

これは小学生ぐらいからずっと続いていて、何を隠そう、今でも続いている。今でも時折、別に気が重い仕事があるとか前日失敗したとかではないのに「今日会社行きたくない」と思うことがあり、休める日だと休んでしまう。
今の口実は「片頭痛」だ。
実際に片頭痛持ちではあるのだけれど、片頭痛は便利な口実だ。これが風邪だと「え、昨日全然元気そうだったけど」と思われそうだが、片頭痛は本人以外分からないのだから。

私はこれをずっと自分の怠け癖だと思っていたのだけれど、今は自分に必要な休息で、気持ちが出しているSOSなのだと考えている。別に嫌なこととか心当たりがなくたって、社会で生活しているだけで疲労は蓄積していくので。

だから今は、「まあ仮病使ってもいいか」と考えている。
自分に出来るペースでやっていけたらいいよね。
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プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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