FC2ブログ
前回の診察からの3週間はとても長く感じた。お薬を減らしたからなのか、とにかく調子が悪い。もう儚くなってしまいたい……などと愚にもつかないことを考えながらウツウツと重い体で会社に行っていると、ただただしんどい。
それで、今日の診察では「いかに具合が悪いか。どう不調なのか」を訴える気満々だった。

ところが。
不調を訴える気満々ながらも診察室に入れば挨拶ぐらいはする。そして、挨拶に続く一瞬に先生に話の先手を取られてしまった。
ここのところ頭が痛かった問題について、先生がとても嬉しい話をしてくれたのだ。

「えーっ、本当ですか、先生!」と思わず声が上ずった。
「はい、本当です」と先生もにこにこしている。

「うわ~嬉しいです。ありがとうございます」と、言うと、先生は「気分は良くなった?」と聞いてきた。

おお。
嬉しい話を聞いたら一瞬で気分が上がっていた。
「あ……はい。気分はすっかり良くなりました」と答えると先生は、「そうですよね。本当は、お薬なんかよりも、そういうふうに気分が良くなる方がいいんですよね」と。

そうなのか。精神科医もやっぱり本当はそう思っているのか。お薬が最善の方法と思っているわけではないのよね。

診察が終わると大体近くの一人でも入りやすいお店で軽く飲むのだけれど、今日も診察後に立ち寄った。
「とりあえず生ビール、ジョッキで」とオーダーしながらニヤニヤ笑いが止まらない。
すると。
「生ビールジョッキですね」と受けたウェイトレスさんまで私を見てにこにこと笑いかけてくれた。
このお店は診察の後に立ち寄ることは多いのだけれど、そしてお店の人の対応がテキパキしていて私は気に入っていたのだけれど、でも笑いかけてもらったことなんてなかった。
私が笑顔だったからだよねえ。相互作用ってスゴイねえ。

(しかし帰宅してリスパダールを飲んだ。気持ちの持ちようは大事だけど、気の持ちようだけで解決するわけでもないというのも事実だ)
スポンサーサイト
2019.02.28 Thu l メンタルクリニック l コメント (0) l top
私はそれほど愛想の良い方ではないという自覚もあるけれど、そうはいっても会社で社会生活するためにはそれなりに愛想も振りまいている……つもりだ。

ところが会議中、Aさんが会社のトップに上手なヨイショをしているのを聞き、会議後に「ああいうのうまいですよね~私も見習います」と言うと(←これが嫌味に受け取られないぐらいの人間関係はある)、「あゆみさんはそんな愛想なくていいんです」と真顔で言われた。
近くにいたBさんも「あゆみさんは無愛想なぐらいで淡々とクールにバシバシ(トップを)詰めるぐらいがいいんです」と言う。

私的には足りないながらも愛想を振りまいているつもりだったのに……
愛想はない、不愛想、淡々と、クールに、バシバシ詰める……
そんなふうに見られていたんですね。

ということは、私が愛想よく振る舞う努力をしていなかったら、いったいどんな風に見られていたんだろう?
2019.02.27 Wed l 会社 l コメント (2) l top
もう、しんどくてしんどくて仕方がない……
何もやる気がしない。
何か生産的なことをする気がしないということではなく、ご飯食べるのもお風呂入るのも着替えるのも座るのも立ち上がるのも身動きするのもめんどくさい。
朝、ベッドで目が覚めると、「ああ、このまま動きたくない…」と思う。
夜、お風呂で温まっていると、「ああ、このまま動きたくない…」と思う。
つまり、何をしていてももう動きたくもなくて何もしたくなくてとにかく面倒で億劫で。

気候のせいか。年齢のせいか。減薬のせいか。
わからないけど、何かそういうはっきりとした原因があってくれれば良いと思う。

積極的にしにたいとまでは思わないけれど、ただもうこのまま何もしなくて良かったらいいのにとは思う。このまま終わってしまえばいいのに、と。

いやいやいや、そんなはずはない。
私はまだやりたいこともあり、それなりに健康で、ある程度のお給料をもらえる仕事をしている。
そんなに世をはかなむ必要も、人生に嫌気がさす理由もないはず。

木曜日はメンクリの診察デーだ。
診察が息継ぎになるといい。先生の声を聞いてもう少しだけ頑張ろうって思えるといい。

木曜まであと二日、何とか持ちこたえてみようと思う。
2019.02.26 Tue l 日常 l コメント (0) l top

障がい者アートの未来を探して 〜コイントスから始まった起業奮戦記〜


自閉症のお子さんを持つ方が障害者のアートで起業した体験を綴った本だ。

私は自分がこんな(発達障害)であることについてはもうずっと納得がいかない感・不公平感・どうして私が感…どう名付けたらいいのだろう、そういう神様を恨みたくなる感じがあるのだけれど、でもそう言っていてもしょうがないので、自分がこんなであることに意味を見つけられるようなことが出来たらいいと思っていて、障害者アートのビジネス化にも興味がある。
私には絵心は全くないので、絵を描くアーティスト側ではなくて、プロデュース側で。

なーんて思っていたのだけれど、何の伝手もバックもなくそういうことをやるのはやはり厳しいんだなあ。
と、感じる体験談だった。
だけど、逆にいえば、こんな未経験でそれほどの準備をしていなくても、やりだせば、必死になれば、なんとか食っていかれるぐらいにはなるものなのかなという気にもなる話だ。
これを起業の成功談と読むか、苦労話と読むかは読み手次第かな。

ただ、非常に共感するところは多かった。
特に、障害者への経済的な還元というのは福祉で、ビジネスであってはいけないかのような風潮への疑問。

私は障害者事業がどんどんビジネスになって発展して利益が出て競争があって関心を惹いて価値を見出されて種類が増えていけばいいと思う。
もちろん、喰いモノにするようなことがあってはいけないので、そこにはある程度の規制やモラルは必要だが。

私は当事者ならではの観点でそういうビジネスに携わっていきたいと思っているので、この本はとても面白かった。
障害者アートや福祉ではなくビジネスに興味がある人にお薦めです。
2019.02.25 Mon l 日常 l コメント (0) l top
私はよく「言いたいことを言っている」ように思われているが、実は自分なりにはずいぶんと我慢もしてストレスもためている。
そして、私は人の依頼や誘いを断るのも下手だ。

去年、私が副業を始めようと思っているという話をしたときに、友人Aが「私も参加させて!」と言ってきた。「私もお金出資するから副業のパートナ―にしてほしい」と言うのだ。
私は一人で好きにやりたくて始めるので、ややこしい関係は御免で、断った。
そうすると友人Aが「じゃあ手伝わせて」と言うので、「業務委託なら……」ということで手伝ってもらうことにした。

この前、飲みに行ったときに友人Bが「こんどあゆみさんちに泊まりに行きたい」と言い出すので、「ごめん、私、人泊めるのとか苦手で」と断ったのだけれど、「じゃあ夜遊びに行くだけならいい?」と押され、断り続けるのも悪いと思って「遊びに来るだけならいいよ」と言ってしまった。私は人が自宅に来るのはあまり好きではないし、そのまま泊まられたら嫌だなと思うので本当は夜に来るのはやめてほしいのだけれど、言えなかった。

どっちも私としては気乗りがしないケースで、だから最初に言われたときには断っているのだけれど。
それでも押されると、続けて断るのも強情な気がして、つい妥協してしまう。
気乗りのしない妥協をしても、いい結果にならないことは経験から分かっているのに。
2019.02.23 Sat l 日常 l コメント (0) l top
お薬の効果と副作用は切り離せないということか…
怒りが沈静化できれば眠気や食欲が耐え難く、眠気や食欲を落ち着かせると怒りが復活するようだ。

はい、私の短気で燃え滾るような怒りが再発してきましたよ。

これは私には怒るだけの理由はあるのだ。
いい加減なことをする友達が悪い。
責任感もないし、自分から言い出したのにいい加減だし、第三者にまで迷惑をかけちゃいかんだろ。
私がサポートするとメールしているのにそれは無視しているし。

なので、私が怒るのはある意味当然だし、ま、普通の人でもムッとすると思う。

ただ、私の怒るは普通の人のムッとするとは違うんだよね。きっとこの怒りのままに友人に連絡を取ったら、修復不可能なほどの手厳しいセリフを投げつけてしまいそうだ。
それが分かるので、催促をせずに我慢しているのだけれど、我慢している分私の中には怒りの溶岩が蓄積していく。

我慢できるかな。
デパスだな、デパス。デパスは眠気は来るけど食欲は関係ないし。
そしてこうやってすぐお薬に頼る自分にも嫌気がさすのでした。

この友人、自分が「ちょっと」いい加減なことをしただけで私がこんなに影響を被っているなんて想像もしていないだろうな。
というか、いい加減なことしてるっていう自覚あるのかな。

こういう時、責任感のない人の方がストレス貯めないでいいのだろうなあと思う。
私は自分の怒りのボルテージが普通でないことを自覚しているので何とか我慢しようとしているけれど、どう考えても悪いのは友人の方なのに、向こうは何とも思っていないのだろうと思うと余計に腹が立つ。
2019.02.21 Thu l l コメント (2) l top
減薬し始めて約2週間。
最初よりこの1週間ぐらいの方が調子が悪くなってきている気はするのだけれど、お薬は絶対に増やしたくない。
というのも、やはり私の今までの人生でなかったほどの異常な過食はリスパダールのせいだったのではないかと考えざるを得ないぐらい、減薬後に食欲が落ち着いた。
満腹でも気持ち悪いほどでも詰め込まずにいられなかったのに、お腹がいっぱいになれば食べやめることが出来るようになった。
これ、当然のようだけれど、本当に久しぶりだ。久しぶりというのは年単位で久しぶりだ。
まだ体重は減り始めていないけれど、摂取カロリーが減っているのだから、いずれ反映されるだろう。

そして……。
過食と体重増加というのは、自尊心をひどく傷つける。
どうして食べちゃうんだろう、なんで自分の食事もコントロールできないんだろう、私って本当に意志が弱い、こんなにダメダメで救いようがない、ああまた体重が増えちゃった、分かってるのに何で食べちゃうの……
毎日毎晩こんなことを思いながら自己嫌悪でいっぱいになりながら食べ物とアルコールを詰め込み続ければ、それは本当に自分をダメだと思ってしまう。

今回、私の食欲が落ち着いたのが本当にリスパダールのせいかは分からないし、なんとなくお医者さんに言うと否定されるような気がする。
でも、「自分でコントロールできなかったのはお薬のせい。私の意志が弱かったわけではなかった」と思えることで、自分の自信と自尊心がどれほど回復したことか。

私はリスパダールは自分の怒りっぽさを抑えるためには必要なのだろうと思っている。だけど、それもやっぱり私の自尊心を傷つける。お薬がないと自分の感情一つコントロールできないということに。

先生は「リスパダールも高血圧のお薬も同じ、必要なら飲むべき」と言うのだけれど、高血圧のお薬では自尊心は傷つかない気がする。私も頭痛薬や風邪薬で自尊心傷つかないし。
でも、精神科のお薬というのは、やっぱり違う。脳と心に直接影響するお薬というのは、やっぱりしんどい。

もう増やしたくない。
2019.02.20 Wed l l コメント (0) l top
思い当たる節といえばリスパダールの減薬しかないのだが、調子が落ちてきた。
気分が沈む。やる気が出ない。何もかもめんどくさい。何もかもというのは、生きているのもめんどくさい。今日は食べるのもめんどくさいと思いながらご飯を食べていたら、途中ご飯を噛むのがめんどくさくなってこりゃまずいと思った。普通、口に入れたご飯噛むのめんどくさくならないですよね……。
それでも波があるので、なんとか落ちていないときに生活に必要なことはしている。昨日は友達と飲んできたし、にこにこしておしゃべり出来ていて、そういうときはちゃんと楽しめている。それに落ちているときでも仕事には行かれているのだから大したことはないのだとは思う。
まだ、大丈夫。

しかしこう食べるのがめんどくさくなってきているのだから、ダイエットには効果があるといいな。転んでもタダでは起きないぞ。
2019.02.19 Tue l l コメント (0) l top
日曜日に通っているセミナーで、「仕事で苦しかった経験を語る」というお題が出た。
聞き手はその苦しさに共感してあげるという役をする。

仕事で苦しかったことといえば……うーん、適応障害を起こしていたころのことを語るかな。
といっても、見ず知らずの人達にプライバシー全開にするのもなんだし、あまり本当のことだとメンタルクリニックで発達障害と診断されただの向精神薬を処方されただの臨床心理士のカウンセリングを受けているだの深刻になりすぎて聞き手も困ってしまうだろう。
というわけで、かなり薄めて「合わない上司の元で仕事をさせてもらえず嫌になってしまった」という話をした。
聞き手がその話に基づいて質問をする。

聞き手「どうしてその上司の元で仕事をすることになったんですか」
私「異動で。それまで〇〇部で課長をしていたんですが、××部で副部長をすることになりまして」
聞き手「……××部って、花形部門のイメージがありますが」
私「一般にはそうですね。でも私はそういう調整役みたいな仕事が苦手なんです」
聞き手「課長から副部長って出世なんですよね?」
私「そうですね」
聞き手「どなたかには相談されました?」
私「同僚の友人には相談したんですが、『そういうのも経験だよ。期待されてるってことなんだからさ』と分かってもらえず」
聞き手「……そうですか。……それで、その××部のお仕事が嫌なんですね?」
私「はい。もう辞めようかと」
聞き手「……そうですか。辞めようかと、考えているんですね」

時間が終了して感想と講評の時間になった。
私が感想を問われ「うーん、否定はされないんですが、今一つ共感していただいている感じがしませんでした」と言うと、聞き役だった人は「そうですよね。すみません。全然共感できませんでした」と。その人が言うには「花形部門で出世して、友達から見ても会社から期待されている状況で、上司は多少難しい人なのかもしれないですけど、でも何がそんなに嫌なんだと思ってしまいます」と言うのだ。
他の人達もうんうんそうだそうだと頷いている。
講師の人も「これは典型的な思い込みです。自分はそういう調整役が苦手だって言っていますが、会社は期待しているからこそそういう仕事も任せたわけですよね。それを苦手だといって拒否してしまっている。こういう人の思い込みをどうやって自分自身で気づいてもらうか。そういうのが聞き手の腕の見せ所です」のようなことを言うのだ。

そうかぁ。

私はあの時期本当に限界だったし、私の適性の凸凹というのは「期待に応えて頑張る」では対応できないレベルのものな気がする。上司の言動も明らかにパワハラレベルだったと今でも思う。実際の私はもう眠れもせずに適応障害になっていたわけだし、ギブアップしたことはしょうがなかったと思っている。

でも、なんか、あの時相談する友達が今一つ分かってくれない感じだったのは、分かる気がした。
そうか、普通の人が聞いたら共感できない話なのか。
2019.02.17 Sun l 適応障害 l コメント (0) l top
リスパダールの不快な副作用を説明しようとした際の話に書いたように、私は「押しつぶされる感じ」を説明しようとして、説明できなくて、結局自分のイメージをそのまま伝えたのだけれど、この時非常に迷った。

迷ったのは、「自分のイメージをそのまま伝えると笑われるのだろう」と思ったからだ。

子どもの頃から私が何か自分のイメージを伝えると、大体ろくな反応は返ってこなかった。
聞いた相手は散々笑ってから、「変なこと考えるね」「面白いこと言うね」「普通思いつかないね」と。
こうやって文字づらだけ追ってみると悪い意味合いではなかった場合もあるのかもしれないけれど、私は自分のイメージというのは否定されるものだと思っていて、笑われるというのは否定される意味だと、刷り込まれてしまっている。
(伝わるか分からないけれど、私は普通の会話をしていて笑われるのは平気だ。自分の「イメージ」について笑われるときだけの反応だ)

先生に笑われたら嫌だな……。
こういうイメージを伝えると、笑われるよね……。馬鹿にされるよね……。
そう思って、「普通の」表現で説明しようとしたのに思いつかなくて、でも副作用は伝えたくて、嫌だなと思いながら、先生笑わないでくださいねと思いながら、びくびくと先生の顔色をうかがいながら説明した。私は人の表情を読むのは苦手だけれど、もしくすりとでも笑われたらぴたりと口をつぐんでそれ以上は絶対に話さないつもりだった。

ところが先生は、私の説明を聞いてなんとまさかの大笑い。
くすっとかぷぷぷっとかではなく、アッハッハッハッハレベルで大笑い。息継ぎしてまた大笑い。表情読むとか関係ないレベル。
先生があまりに笑うので、「先生そこ笑うところですか」と聞くと「いえ」と言いながらまだまだ笑う。
こんなに笑う先生を見たことがなかったのであっけに取られて先生を見ていた。

そして、なんと。
私は、思わず釣られて笑ってしまった。

笑われるということが否定されることだと思っている私は、人に自分のイメージを笑われて自分も釣られて笑うことなどない。
大体はこみ上げるくやしさや悲しさや怒りをこらえるのに必死になる。言わなければ良かったと後悔でいっぱいになる。

なのに、なんで先生に笑われて、自分までおかしくなって笑ってしまったのだろう。
とても不思議な経験だった。後になって思い返してみても、全然嫌な気持ちが込み上げてこない。

しかし先生、「笑っちゃ悪い」とか思わなかったんですかね……。
2019.02.16 Sat l メンタルクリニック l コメント (0) l top