FC2ブログ
あ、しまった。
お医者さんの「年収2千万円」のインパクトが強すぎて、前記事では本題を書き忘れてしまった。

診察の際に、「仕事で評価されたりお給料が上がったりすれば自尊心は満たされるところがあるけれど、もともと仕事がやりたかったわけではないので、仕事で評価されても何か違うと思ってしまいます。有体に言えば、仕事しかできない自分てみじめだと思います。もっと普通になりたかった。普通に結婚して普通に子育てして、仕事はしても普通で良くて、普通の人生を送りたかったです。普通というのが羨ましくてたまりません」という話をしたのだ。

すると先生は、え?という感じで、「あれ? あなたは最初に受診した頃、そんな感じだったかなぁ。もっと仕事にやりがいを感じていたような印象があったけど」と言う。

私こそ「え?」だよ。
最初に受診した頃は、未経験で適性もない仕事で上司に虐め抜かれて適応障害起こしていた頃でしょ。
仕事にやりがいもへったくれもありませんでしたよ。
それに私の「普通になりたい」病は子どもの頃からなので。数年前も同じように思ってたはずです。
この先生、驚くほどの記憶力の良さを持っていることも多いのだけれど、こういう根本で勘違いしてちゃ困るよ。
そう言った(もうちょっと丁寧にだけど)

続けて先生は「まあ、普通というのが何かなんて分かりませんけどね。それに普通の人がみんな幸せというわけでもないですよ」とごく常識的なことを言った。
「それは分かってます。頭では理解しています。でも、普通に見える人達が羨ましくてたまりません。みんな私より幸せに見えます」と言った。
「そう見えちゃうことは、ありますよね」というのが先生の答えだった。
そう見えちゃうんだよ。理屈で分かってるとかそういうことではなだめられないんだよ。

こういう気持ちとかみじめさとか劣等感とかは、お薬でなんとかなるものじゃないんだよなあ。
そして別に仕事が出来たからといって解消もしないんだよねえ。
このままずっと抱えていくしかないのだろう。
スポンサーサイト
2018.01.28 Sun l メンタルクリニック l コメント (0) l top
いつものメンタルクリニックに行った際に、会社の話をしてみた。
以前、ある程度の所得までは年収と幸福度は比例するというリサーチ結果を読んだことがあり、今は転職して猛烈に忙しいけれども、お給料が上がるとストレスが減るのは確かだという話をした。仕事帰りにご飯を食べに入ったお店で会計を気にせずメニューを選べるとか、(元)部下とご飯に行ってご馳走してあげても負担に感じずに済むとか、急ぐ移動の際に駅に走って電車ではなくタクシーに乗れるとか、ちょっとしたことなのだけれどお金のストレスがないというのはありがたい。
「だから、ストレスが減ることを幸福度と言うなら、お金で幸福度は上がると言えるようにも思います」と言った。

「でも、月並みですけど、お金で幸福が買えるわけじゃないですよね」
と続けた。
当然なんだけれどね。
「なので、この先多少お給料が上がったとしても、それで幸せを感じられるとはとても思えないんです」と。

すると先生の答えは。
「まあ、年収が2000万ぐらいのラインを超えてくるとまた見えてくる世界が違ってきますよ。税金も増えるけどね」

うわ、先生。
それ、会社員はまず超えませんから。それ、「多少上がった」ぐらいでは無理ですから。
簡単に言うなー。開業医には軽いラインなんだろうな。
税金も増えるけどね、にリアリティがありました……。
2018.01.27 Sat l メンタルクリニック l コメント (0) l top
私は嗅覚や味覚は鈍い方なのだけれど、聴覚だけは弱いというか過敏というか。
聴力が良いというわけではないのに、ノイズキャンセリング機能がついていないようで、雑音が苦手だ。雑音にさらされていると頭痛がする。雑音といっても工事現場のような騒音を言っているのではなく、話し声とか電話の声とか空調の音とかドアの開閉とかだ。
これって、東京で生きていると結構致命的で、人込みや電車で頭痛がするとは言っていられない。会社で「人の声が苦手で」では会社員としては厳しい。
仕事柄、会社員としては割と静かな環境のことが多かったので、なんとか時に耳栓を使いながらも過ごしてきたのだけれど、最近電話をかけるのが仕事みたいな人が隣の席になってしまった。そして今の会社は急に社員数が増えたのでスペースが足りず、席の間隔が狭い。
その人が悪いわけじゃないのだけれど連日の頭痛に耐えかねて、ノイズキャンセリングイヤホンを買ってみた。

ノイズキャンセリングといっても、私は音楽をクリアに聞きたいという目的ではなく(音楽はむしろ雑音)、無音にして欲しい。
以前ノイズキャンセラーを探したときに、安全上の理由から耳栓やノイズキャンセラーは人の声は通すしくみになっていると聞いたことがあった。いや、人の声を一番遮って欲しいんだよ!

ということでそういう目的で検索して、どうやら音楽を聴かなくても無音にしてくれるらしい、しかも人の声も聞こえなくしてくれるらしいノイズキャンセリングイヤホンを見つけた。本当はイヤホンよりヘッドホンが良かったのだけれど、会社でヘッドホンは目立つだろう。

うーん。しかし、いいお値段がする。3万円超えかぁ。
いや、片頭痛のお薬だって高いしね(3割負担で1錠300円)。これで会社の時間が楽になるなら、安いものだ。
と思ってはみるものの、それで会社の時間が楽になるなら確かに価値はあるけど、もし大して効果がないものだったら3万円はもったいないなー。

そう思っていたのだけれど、連日の頭痛に耐えかねて、ぽちっと買ってみた。

会社で装着してみて驚いた。
すごい。すごすぎる。何も聞こえないよ。
冗談じゃなくて、ほんとに。
ノイズキャンセリングのレベルは調整できるようになっていて、最初マックスにしてみたら本当に何も聞こえなくなってしまったので、会社でそれも不便かと思って4分の3ぐらいのところにしてあるのだけれど、それでも恐ろしいほど無音に近い。
用事があって話しかけに来た人に気づかず、目の前で手を振られてやっと気づいた。

快適~!

そして装着感も良い。私は締め付けられるのも耳の穴がふさがるのも嫌いで、耳栓を使うときでも違和感が常にあった。
でもこれはつけている感じが全然しない。
(唯一欠点を言うならネックバンド式なのでちょっと持ち運びにはかさばることと)

こんなに快適ならもっと早くに買っていれば良かった。
手放せなくなりそうだ。
2018.01.23 Tue l 発達障害 l コメント (0) l top
苦戦していた数学だけれど、棄権することにした。

もう、全然分からない。座っているだけで、何一つ分からない。練習問題を解いてみましょうと言われて全くどれも分からないのは私だけ。苦痛でたまらなかった。

でも、やり始めたことだから。
今度こそやりぬきたい。
分かるようになりたい。
挫折したくない、諦めたくない、投げだしたくない。
苦手を克服したい。
人並みになりたい。

そう思って、コースの終わりまで出席だけでもしようと思っていたのだけれど。
友人にその話をすると、「せっかく習い事するなら楽しいことやったらいいのに」と言われた。

ああ、そうか。
なんか、納得した。そうだよね。

で、やめた。
先週、どきどきしながらさぼった。
今週、あまりどきどきせずに欠席した。
もう、行かないだろう。

また挫折してしまったという悔しさと、もうあの苦痛な時間を耐えなくていいという安心感と。どちらの方が大きいか分からないけど。
2018.01.21 Sun l 日常 l コメント (0) l top
取引先との会議の通訳をやれと言われてやってきた。

私の英語は本職の通訳レベルからはほど遠いし、もちろん専門的な訓練を受けたこともない。
(なお、「英語話せるなら通訳出来るでしょ」と思う人が世の中多いけれど、本当の通訳というのはすごい訓練をしている。単に英語が話せるぐらいでは通訳というのは務まらない)
まあそれは社内の会議の通訳ぐらいは仕方なくしたこともあるけれど、取引先との重要取引の通訳というのはさすがに初めてだった。

会議の時間を聞くと、さらりと「10時から14時」と言われた。
よ、よじかんのかいぎですか?
とはいえ通訳入りの会議は翻訳の時間がかかるので、通常の倍必要なのはしょうがない。実質二時間か。
でも10時から14時って、お昼ごはんは…(←これ大事)

こちらからは米国の責任者が出席すると言ってあったので、もしかして先方が英語話せる人連れてきてくれないかなと淡い期待をしていたのだけれど、そんな美味しい話があるはずはなかった。
先方3人はばりばり日本語。専門分野の話なので、専門用語だけはカタカナ英語を使っているものが多かったが。

ま、英語を話せないのはヨシとしましょう。ここは日本だ。

だけど、もっと分かりやすい資料を持ってこーい!

既にこちら側から「こういう点について教えて欲しい」とリクエストを出していたようなのだけれど、先方が作ってきた資料の最初に「他社様との取引実績」の紹介があった。
テクニカルな部分は図になっているので、日本語が読めなくても米国側の出席者には意味が分かる。だから、「こういうシステムなんだな」ということは理解できてしまうのだが、「他社事例」という日本語は読めない。
従って米国出席者は「こんなシステム依頼してない。どうしてこんなシステムの説明を持ってきたんだ」と理解できない。
「これは弊社の他社様との実績でございまして」と先方が言うと、「これしか実績がないのか!」と驚く。
「過去の他社との実績のうち、いくつかを例として挙げてくださったとのことです」と伝えると、「どうしてそれが必要なの? 自分は当社への提案を依頼したのに、他社の例を持ってこられても困る」と言う。
それもまあその通り。
というか、当然他社事例の有無なんか尋ねてないんだから、余計な情報持ってくるな。たたでさえ4時間の長丁場なんだぞ。話長引かせるな。

私の通訳は素人なので逐語訳(言ったことを言葉通りに全部伝える)ではなく、ポイントだけを伝える。
つまり例えば「お手元の資料の22ページをご覧ください」と言われたら私は"page 22"と言う。
これでいいのだけれど……それぐらいなら先方も言えるでしょう。ページ数ぐらい英語で言ってよ。
そして長ったらしい説明を長々と切れ目なくするのやめてよ。私が通訳するんだってば。メモ取れないんだから(本職の通訳はメモを取りながらまとまった長さの話を訳せる)そんなに長い説明覚えきれんわ。
もう、適当に先方の話を遮りながら訳した。
2,3回これをされたらどのあたりで区切るか様子をつかんでもいいと思うのだが、先方の担当者は気がきかず、何度でも長々と話を繰り返す。まったくもう。

12時過ぎにハンバーガーとコーラが運び込まれた。
うう、ランチ付きかい。
そのまま会議室でハンバーガーをコーラで流し込み、15分後には会議再開。
結局会議は5時間以上に及んだ。

最後のお見積りだけ英語で出てきた。
項目を確認していた人が「このmoving costって何?」と聞いてきた。
moving cost? なんだ?
と日本語資料を確認すると、旅費交通費。
travel expenseだと説明すると、聞いていた先方は、「すみません、グーグル翻訳で頑張ってみたんですが」と。
客先に出す見積書にグーグル翻訳って…

はぁぁぁ。
それなりに無事に内容は伝えられて良かった。へー、こんなことまで確認するのね、こんな仕組みになっているのね、と面白かった。
でも私は通訳で入ったわけじゃないぞ。こんなの職務内容に入ってないぞ。っていうか、通訳に駆り出されている間に私の本来の仕事は積み重なっていくばかりだ。
2018.01.21 Sun l 会社 l コメント (0) l top
電話で買い物をした際にあるシリアルナンバーを訊かれたので教えると、オペレーターが「アメリカのA、ロンドンのL、スペインのS、フランスのFでございますね……」のように、アルファベットの聞き間違いがないように単語を使いながら確認してきた。
(ちなみにこれ、今は日本でも一般的だと思うけれど、以前初めて英語でこれを聞いたときには焦った。ただでさえ英語がよくわかってないので、『アップルのA』とか確認され始めると、『なぜここでリンゴの話???』と混乱したものだった)

で、アルファベットの確認を聞いていると、「大阪のO」になった。
おお、なんか急にOはローカルなのね。

そしてUの確認は「ユニオンのUでございますね」
え、なぜ、Uはユニオン?
Uで始まる国……ウクライナとかウズベキスタンとか、あるじゃないの。
マイナーだけど、突然ユニオンよりは分かりやすいのでは?
2018.01.20 Sat l 日常 l コメント (0) l top
えへへー。ブログだから書いちゃえ。

この前、米国本社のレポートライン(本社の上司みたいな人)と話していたら、「あゆみが入ってくれて本当に良かった。みんなあゆみはすばらしいと言っている。社内でいろいろ問題がある中、あゆみの部署だけは安心して任せられる」とべた褒めされた。
「そ、それはどうも。ありがとう」となんとなく不穏な雰囲気を感じて警戒しながらお礼を言ってみた。
すると彼女は「でもね」と言葉を続けた。
……やっぱり。こんな褒め言葉の後には何が続くのか。

すると、「実はあゆみの評判が良すぎて、日本のグループ会社(今の勤務先でもよく取引のある会社)で、法務がいないって困っていて、あゆみをシェアさせてもらえないかという申し出が来ているんだけど」と言うのだ。
シェア? 私をシェア? なんですか、それ。
要は2社分働けということかい!
「大変ありがたいお申し出で光栄ですけど、まだ今の会社も入ったばかりですし、まずこの業界の勉強をしたいので、今すぐにはお役に立てないと思います」と断った。
2社分(たぶんお給料は変わらず)働けというのはアレだけれど、でもちょっと嬉しい。

そして、褒められたときに「なんか怪しい気配」を感じ取れたなんて、私ってすごい。
そして2社分働けってどういうことかいと思いながらも「大変光栄ですが」と社交辞令が使える私って、なかなかオトナ。

何日か前に、US本社から出張してきているエライ人に、取引先との会議での通訳を頼まれた。
私は英語は自分の仕事ぐらいは出来るけれど、通訳レベルではないのはもちろん、うまいわけでもない。社内には私より英語のうまい人は何人もいる。
なぜ私? と思いながらも言われちゃえばしょうがないので引き受けた。

そして考えたのは、「これは私にこの案件を勉強させてくれているのね」ということだった。
私はこの会議にこの段階では必須メンバーではないが、案件が進んでいけばどこかの段階でメンバーに加わることになる。最初の段階から細かいところも分かっていればそれにこしたことはない。

会議前日に改めて呼ばれた。「明日の会議の件だけど」と言われて、「はいはい、通訳としては未熟ですけど、頑張りますね」と答えると「いやまあ通訳はしてほしいけど、通訳として参加して欲しいわけじゃないから。この先のディールに備えてビジネスの細かいところも知ってもらおうと思ってメンバーに入れてるからよろしくね」と言われた。
おお、当たった!

当たったのは良かったのだけど、この人何でこんなことを後からわざわざ解説したんだろう。
もしかして「あゆみは鈍そうだから、はっきり説明しておかないと本当に通訳のつもりで参加するかも」と思われたのかも。
アメリカ人にまで鈍いと思われていたらちょっとヤだな。

でもまあ、いろいろ面白い。
私は積極的にキャリアを積む人生を選んだわけではなくて、気が付いたら仕事しか続いたものはなかったなというちょっと寂しいタイプの仕事人間ではあるのだけれど、それでもその仕事で評価されればそれはそれでやっぱり嬉しい。
2018.01.20 Sat l 会社 l コメント (0) l top
発達障害のある子どもには不登校が多いという。
そりゃそうだよなあ、と自分が子どもの頃を振り返っても思う。

小学生や中学生の子と話していて、「学校楽しい?」と尋ねて「楽しい!」と答える子がいる。「なんの時間が好き?」と尋ねると「休み時間と給食!」とのこと。
お母さんは「全くこの子は……」とため息をついて見せるのだが、私は心底羨ましい。

私は子どもの頃、休み時間と給食の時間が何より苦手だった。
だって、どうしていいか分からないのだから。「お友達と遊ぶ」が分からない。「お友達とご飯を食べておしゃべりをする」が分からない。
授業中の方が座っていればいいので、ずっと楽だった。
そして休み時間や給食の時間は本を読んで過ごしていた。「本が好きな子」というレッテルで過ごしていたが、あれで本が好きでなかったらあの休み時間や給食の時間をどう過ごしていたのだろうと思う。
そして授業は聞いていれば分かったので良かったが、あれで授業にもついていけなかったら、どこにも救いがなかっただろうとも思う。

そんな私は「登校拒否」をしたことがない。
しかし、今は「不登校」と言うんだな。学校に行けるのに行かないことを指すのなら、私にはそういう経験はある。
私の認識としてはそれは「仮病」「さぼり」だ。

時々、突然朝になると「学校に行きたくない」と思うのだ。
別にいじめられたとかそういうことではなかった。ただ、突然、本当にそう思うのだ。
とりあえず母に「寒気がする。頭が痛い」と訴える。
すると母が「熱測ってみなさい」と言って体温計を置いていくので、母の目を盗んでスタンドのライトに体温計の先を当てる。
昔の体温計というのは水銀が目盛りのところまで上がって表示されるようになっていて、熱いものにあてればすぐに温度は上がったのだ。
スタンドの白熱灯なら数秒で十分。目盛りを確認し、額に手を当てても「そんなに熱ないんじゃないの」と言われない程度、つまり36.8度とか37度とか、お医者さんに行くほどではないけれど母なら「今日は学校は休んだら」という程度の温度に設定する。
そして母が「うーん、ちょっと微熱ぐらいねえ。お医者さんいくほどではないと思うけど、学校はやめておきなさい」と言うのを聞いてほっとする。
これは私の基準では、母が休めと言っているのだから、私が登校を拒否しているわけではない、のだ。

うちは母も働いていたので、この程度の熱だと日中は私一人になった。
この「一人」が落ち着いた。私はたぶん、子どもの頃から「一人」や「静寂」を必要としていたのだろう。

これは小学生ぐらいからずっと続いていて、何を隠そう、今でも続いている。今でも時折、別に気が重い仕事があるとか前日失敗したとかではないのに「今日会社行きたくない」と思うことがあり、休める日だと休んでしまう。
今の口実は「片頭痛」だ。
実際に片頭痛持ちではあるのだけれど、片頭痛は便利な口実だ。これが風邪だと「え、昨日全然元気そうだったけど」と思われそうだが、片頭痛は本人以外分からないのだから。

私はこれをずっと自分の怠け癖だと思っていたのだけれど、今は自分に必要な休息で、気持ちが出しているSOSなのだと考えている。別に嫌なこととか心当たりがなくたって、社会で生活しているだけで疲労は蓄積していくので。

だから今は、「まあ仮病使ってもいいか」と考えている。
自分に出来るペースでやっていけたらいいよね。
2018.01.16 Tue l 発達障害 l コメント (0) l top
何年か前にスウェーデンだかノルウェーだかの研究所のレポートで、自閉症の平均寿命は同国の平均寿命より18年も短いというレポートを読んだことがある。
その後もアメリカかイギリスの自閉症関連リサーチの割と有名な団体のレポートで、今度はなんと平均寿命36歳というものも読んだことがある。
どちらも原文を読んだわけではないのできっちり比較したとかではないけれど、どちらも大枠で言えば共通していた。
「平均寿命の有意な短さ」「最大の死因は自殺」

私は以前他の記事でも書いたかもしれないが、障害の程度は軽くないと言われながら、会社員が出来ていることをもって恵まれていると言われることがよくある。お医者さんしかり、臨床心理士しかり、事情を知る友人達しかり。
そして私も昨日の記事に書いたように、仕事で評価されれば嬉しいとは感じる。
一人暮らしも自由で気楽だと感じる。
そして一人暮らしで自由な生活が出来、そのためのお給料を得ていることが恵まれていると言われるなら、それは恵まれているのかもしれないなと考えることもある。

でも、恵まれた私ですら、これだけしんどい。
もう生きていることや生きるためにしないといけないこと(食事とか)もしんどすぎる。
そう考えると、「恵まれていない」人達はもっとしんどいのかなあ。

平均寿命が短い理由はとても理解できる気がする。

でもあれだ、平均寿命が36歳なら私はもう平均寿命まで生きたから。というか十分オーバーしてるから。
あとは余生と思って、オマケの気分でやっていけばいいかな。
2018.01.14 Sun l 発達障害 l コメント (0) l top
転職のときにお世話になったエージェントに会ってきた。
転職してからのアフターケアも万全(笑)のエージェントだ。

何か困っていることはないかなどの近況を話しているうちに、社内の空席になっているポジションの話になった。
まあ日本の会社でいうなら副社長みたいなものか。

「あゆみさんがなったらいいのに」とエージェントに言われたので、「あはは、私は今の仕事が合ってます」と答えた。
なお、転職の際はいかに自分をアピールするかが決め手になってくるので、私は別にこのエージェントに謙遜や遠慮をしたことはない。今の仕事は自分に合っていると思っているが、これ以上出世したいとは全く思っていない。
また転職エージェントは人の採用が決まったときに紹介手数料をもらう仕組みになっていて、社内での昇格などからは全く手数料は入らない。なのでエージェントにとっては私が昇格しても別に利益はない。
しかしエージェントはさらに押してきた。「どうして? あゆみさんだってこの先まだまだキャリアアップしていくでしょう。専門職のままだと今よりは上がれないけれど、次に行くのなら今の業種はいいと思うけど」と。
「いえ、私はもうキャリアアップしなくていいです。専門職が合っていると思っているので。私はビジネスを引っ張っていくより、ビジネスをサポートする方が向いていると思っています」と、私はきちんと自分の適性を踏まえた上で回答した。

するとエージェントは「あなたは自分の能力を低く考えすぎている。もっといろいろなことが出来るのに」と言うのだ。

うーん……。
出来るか出来ないかと言われれば、そりゃもしかしたら出来るかもしれない。
でも、そこまでやりたくないんだよね。
もちろん会社員なのだから仕事のえり好みはできないし、今だってやりたくない仕事もしているが、それでも少なくとも自分が自信を持てる専門分野で働いていて、それは私にとってとても安心できるフィールドだ。
いろいろな人をまとめあげて、交渉して、ゴールを設定して、モチベーション上げて、成果を出して、なんていう仕事が私に向いているとは思えない。
前の会社で出世しかけたときに手痛い目にあって適応障害になったというのもあるが、やはり私は専門職が合っているのだと思う。


エージェントは「まあ、あと3年か5年かしたら考えが変わるかもしれないから」と言って笑った。
それで私も「それはまあ3年後5年後のことまでは分かりませんよね。もし気が変わったらいいポジション紹介してください」と言って笑っておいた。
別れてから、メールが来た。
「私はあなたはもっといろいろなことが出来ると思う」と。
「プレッシャーをかけるわけじゃないけど」と。

私はもう上に上がりたくない。
上がれと言われてもないのに上がりたくないというのも図々しい気がするけれど、本当にもうこれ以上上に上がりたくない。
これ以上上がるとまたストレスが跳ね上がることが目に見えていて、私にそのレベルのストレスはマネジメントできないだろう。
そして反面、今のポジションは低くもないので、緻密な事務処理も求められない(部下やアシスタントに任せられる)から、私にとって苦手な事務作業によるストレスもほとんどない。(これは前職での左遷中にとてつもないストレスだった)
ある意味、今ぐらいの中間管理職は私にとって過度の人間関係のストレスもなく、過度の事務処理ストレスもなく、ちょうど適当な位置づけなのだ。

それでも。
数多くの人を見てきたであろうエージェントから「もっと上に行ける」「キャリアアップを考えて」と言ってもらったことは、嬉しかった。

しかしこのエージェントが私がもっと上に行けると考える理由の一つは「客観性」なのだそうだ。
この人が言うのには、たいていの人は会社の出来事、特に人間関係をエージェントに話すときに感情的になる。それに対して私は客観的に問題点と改善案を考えるので物事を解決するのに向いていると言う。

……それって、私の共感性の低さから来ているのかな?
もし共感性の低さが客観的な問題解決能力につながるのなら、共感性の低さというのは少なくとも仕事の上では悪いばかりでもないのかもしれない。
2018.01.13 Sat l 日常 l コメント (0) l top