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私が「数学が苦手」という話を仕事仲間にしたときのことだ。
ある人が自分も苦手だと言った。
この人、T大法学部を出ている。
それで「T大って、数学苦手で受かるものですか? 法学部でも共通一次(の世代の人)に数学ありましたよね?」と言うと、「そりゃまあT大入るには共通一次の数学ぐらいは苦手といっても満点取れないと入れませんが」と言った。

苦手といってもレベルがずいぶん違うものだ。

メンタルクリニックでこの話をした。
「先生共通一次の数学満点でしたか?」と聞いてみると、「うーん、よく覚えてないけど、満点取った科目はなかったんじゃないかな」とのことだった。

この時、私は「満点取れなくて医学部入れるなんて、なんて羨ましい」と思った。
(名門医学部出身の先生です)
これは医学部が羨ましかったわけではない。偏りがないのが羨ましかったのだ。
満点がなくて医学部に入れるということは、全科目がバランスよく高かったのだろう。

別にお医者さんと比べても意味ないのだけれど、翻って私は。
都立高校の入試(つまり公立中学の教科書レベルが問われる試験)で、私は自分の得点を425点と計算してそれに見合う高校を受験した。

425点の内訳は、英国理社で400点。
数学25点。
数学25点というのは、(確か一部は記述式もあったのではないかと思うのだが)回答が4択だったので、全部3か4を選べば25点ぐらい取れるはず、という根拠に基づいている。

実際には英国理社で385点。
数学65点。
合計450点でその都立高校には受かった。

しかしそういうわけで、420点レベルの受験生が集まってくる高校だ。
60点台で合格した生徒などまずいない。
高校の数学の授業が私にとってどれほど手の届かないものだったか、想像してもらえるのではないかと思う。

今でも、高校入試の数学の最初の因数分解が解けなかった悪夢は記憶から消えることがない。
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2017.11.29 Wed l 日常 l コメント (0) l top
適応障害を起こしたときの上司に対しては、社内異動で降格という形ではあってもその上司の元から逃げてからその後退職するまでの数年間、廊下ですれ違おうがエレベーターに乗り合わせようが、雑談どころか挨拶すらしたことがなかった。
役職でいえば当然私の方が下なのだけれど、何人かとすれ違ったときにほかの人たちには挨拶しながらその元上司にだけ挨拶せずに通りすぎたこともある。
(ただ、私の「元上司にだけ」挨拶しないのも失礼だとは思うが、この元上司は「自分より下の役職の人には誰にも」挨拶しない、という主義だったので、ま、どっちもどっちかな)

ただ、その後の人生もいろいろあった。
そういう苦しい時期に私を支えて助けてくれた人というのはたくさんいて、心から感謝している。本当に助けてもらった(し、今でも助けてもらっている)
だが、やはり親や友人には「心配をかけたくない」「一緒に悲しませたら悪い」という気持ちが働いてしまう部分もある。

そう考えると、人生の一番苦しい時期に先立って、信頼できる精神科医と臨床心理士に出会い信頼関係を築けていたことは、とても大きな価値があった。この苦しい時期に「申し訳ない」というブレーキをかける必要なく苦しいと訴えられる先を持っていたことは本当にありがたいと思っている。
そしてそれが出来ていたのは、その前に適応障害を起こしていたからだな。

そう思うと、あの時人生最悪の経験と思っていた状況が、本当に最悪になったときにはプラスの要素として働いたのだから、人生って何がどうなるのか分からないな、と思う。

元上司よ、パワハラして追い詰めてくれてありがとう。
……とはさすがに思えないが。
(それが思えたら悟りの境地か)
2017.11.29 Wed l 適応障害 l コメント (0) l top
いくら空気を読まない私でもなかなか面と向かってお医者さんには言えないメンタルクリニック診察編。
英文診断書を作ってもらった。
以前からもうおそらくこの何年かで両手の指で数えきれないぐらいに作ってもらったような気がするこの診断書、何故か先生毎回間違える。
英語の間違いもアレだが、お薬の名前や日付まで間違えるってどういうことよ。

というわけでかなり疑い深くなっている私は、今回先生に診察の際に次のようなメモを渡した。
______________________
記載いただきたいお薬は以下の通りです。
・サイレースに代わる睡眠薬
・ゾーミッグ
・ロキソニン
・ベタナミン
・デパス
・ブスコバン
出張中は仕事の一環として連夜ディナーが予想されるのですが、胃薬やウコンは処方可能ですか?

※発行前に画面で確認させてください。
______________________

この「※発行前に画面で確認させてください。」がポイントだ。
なかなかここまでお医者さんに書く患者も珍しいだろう(←自覚はしている)
私もここまで書いたのは初めてだ。たぶん。言ったことはあるけど。

で、先生がこの書類を画面で作ってくれている間に「あと、先生」と話しかけた。
すると先生は「ちょっと待ってください、これ作っちゃうから」

普段この先生は画面を見ていてもキーボードで文字を入力中でも、多少心はそちらに取られていても私が話しかけるのを遮ったことはない。私としても限られた診察時間有効活用と思うので、別に先生が何か作業をしていても気にせず話しかけている。
こんなことを言われたのは初めてだった。
先生、相当集中したんだろうな。

そして今回の英文診断書のお薬は全て正確に記載され、日付もクリニック所在地も合っていました!
先生、やれば出来るじゃないですか^^

ちなみにこのお薬、睡眠薬以外は頭痛薬だの腹痛止めだのだ。もはや本当に証明書が必要なお薬なのか疑問なのだけれど……。
仕事で海外にいく必要がある以上、入国審査に傷をつけたくはないので、なんかもったいないなあと思いながらも毎回作ってもらっている。
2017.11.27 Mon l メンタルクリニック l コメント (0) l top
ついでに書いちゃえ。思い出した。
その「数学が出来ない」「平方完成が分からない」という話をメンタルクリニックの先生にしたときだ。
先生は私のノートを見ながら、「(式の)展開は分かるんですか」と聞いてきた。

式の展開って、こんなやつ。(大きい2になってますが二乗の意味です)
(x+3)(x+5) の展開
(x+3)(x+5) = x2 +5x +3x +15
= x2 +8x +15

これは分かる。
それで、「はい、展開は分かります」と答えた。

すると先生、「じゃあ(ax+b)の二乗は?」と聞いてきた。

……私が今までやった展開は、常にかっこの中のxはxでした。
axって、なんだよ、それ。
axを二乗すると、a二乗x二乗? それとも2ax? いや、2ax二乗?
えーと、たぶんa二乗x二乗だ。でもそれにbをかけるとabx? axb? 掛け算だから結果は同じだろうけど順番にルールはあるのかな?

「……分かりません」と答えた。

先生は「ごめんごめん、ちょっとひねっちゃった。axにしたのが分かりにくかったですね」

こっちは算数障害じゃないか、数学の誰にも分かる基本レベルが分かりませんて、涙ぐみながら相談してるんだぞ!
なぜここでわざわざひねった問題を出す???

この先生のところに通院を続けている私は、結構なMなのかもしれない。
(いや、ブログなのでこんなことばかり書いていますが、本当はとてもいい先生です)
2017.11.26 Sun l メンタルクリニック l コメント (0) l top
IMG_1312.jpg
字の話が出たのでこれも。

よく発達障害のある人は電話をしながらメモを取るということが苦手だと言う。
私はとりあえず、人の電話を取ったときに社名と名前をとっさに手元のメモに書きなぐるぐらいのことはできる(これが出来ないと伝言の時点ですでに覚えていないので、電話の近くには必ずメモとペンを置いている)
しかし、内容のある話を聞きながらメモを取るのは苦手だ。
写真は、電話をしながらメモを取った際の私のメモだ。
字もヒドイが、何を書いてあるのか本人以外には全く意味をなさない。
なおこれが活字体なのは、当然筆記体の方が書くのは早いのだけれど、筆記体にすると自分ですら判読が出来なくなるからだ。

もともと私は確かに昔から人の話を聞きながらメモを取るのは苦手だった。
子どもの頃は授業中ちゃんと黒板を写す時間が取られていたように思うが、とにかく遅い。黒板に書かれていることを写すためにノートを見るともうその視線の移動で混乱してしまうので、一文字も書けないままに黒板とノートの間を視線が往復した。何とか一行ぐらいかけても黒板を見直したときにどこまで書いたのか分からなくなってしまう。そして、字が汚いと言われて丁寧に書いていると間に合わない。丁寧に書いていると消されてしまう。
それで黒板を見たままノートは見ずに書くということもした。当然ノートはぐちゃぐちゃだ。結局「雑」「ノートが汚い」とよく先生にも親にも注意された。私なりにノートを取るために編み出した方法だったのに。

前記事で書いたメンタルクリニックの先生と字の話をしたときのことだ。
「もう何十年も前ですけど、母と近所のお医者さんに行ったときに、お医者さんが紙のカルテにドイツ語で何か記載してらしたんです。診察が終わって帰り道で母が『お医者さんはドイツ語まで分からないといけなくて大変ねえ』って言ったんですけど、私は『お医者さんは人前で字を書かなくていけなくて大変だな』って思いました」という話をした。
先生は「医者もひどい字書く人は多いですよ」と言っていたが、ポイントはそこではない。
私にとってはドイツ語よりも人前で字を書くことのハードルの方が高い、ということが言いたかったのだ。それぐらい私は自分の悪筆が恥ずかしい。
もし今、「ドイツ語が必要」という仕事と、「綺麗な字を書く必要がある」という仕事の二択を迫られたら、私はドイツ語にトライするだろう(グーテンモルゲンとダンケシェーンとアウフヴィーダーゼンしか知らないけれど)

私は初診のときにお医者さんに「DAMPかSocial Communication Disorderの可能性が高い」と言われ、先生に「ネットで調べてみたいので、その言葉を書いていただいていいですか」と頼んだ。
先生は気持ちよく書いてくれたのだが。
この程度の言葉が書けなかったわけではない。筆記用具も持っていた。ただ、お医者さんであっても、人に自分の字を見られるのがあまりにも恥ずかしかったのだ。

私の悪筆コンプレックスは根強い。
今の世の中、本当にワープロが普及してくれて良かったと思う。
2017.11.26 Sun l 発達障害 l コメント (2) l top
メンタルクリニックを受診した際にいくつか困りごとを話してきた。
最初、「忘年会のシーズンで」と言うと「胃薬も処方しますか」という話が出たので、「あ、ぜひお願いします」という会話を交わして本題に入った。

その中の1つで数学が分からなくて悲しいという話もした。今クラス形式での授業なのだけれど、数学の先生が説明した後に「では例題を解いてみましょう」と言うと、合ってるかどうかは別としてとりあえず生徒はみんなノートに何かを書き始める中、ノートに何を書けばいいのか最初の1行すら一文字すら分からずに全く手が動かないのは私だけだ。
別に差し迫って数学が必要なわけではなくどちらかといえば趣味的に始めたのに、相当なストレスになっていたようで、話しながら涙がにじんできた。
先生は私が渡したノートを見ながら「平方完成で困ってるんですか。平方完成は要は、この部分を2分の1にして…」と解法を教えてくれようとはしたけれど、そんな説明は数学の先生が20回ぐらいはしてくれている。私が知りたかったのは、障害レベルで出来ない人間向け対策(教育メソッド)があるのか知りたかったのだ。思わずいらっとして「その説明は数学の先生が20回ぐらいはしてくれました。それでもどうしても、そこで出る定数を足すか引くか分からないんです」と言うと、先生は「そうか、それが分からないのかー。うーん、余れば引くしマイナスなら足す(←逆かも。本当にこの説明は覚えられない)だけなんだけど…」と言う。「方法はないんですか」と尋ねると「うーん、慣れるしかないかなあ」とメソッドとは言えない方法しか返ってこなかった。

ノートを見せたのには理由はもう一つあり、私は劇的というか衝撃的なまでに字が下手だ。発達障害がある人は手先が不器用で文字が下手ということはありがちだそうだが、私も本当にとても40代の女性とは思えない字を書く。これも何とかならないものか(普通のペン習字はすでにやった)聞いてみたかったのだが、先生が言うのは「読みやすい字ですよ。問題ないです」とのことだ。
そりゃ下手な分、読み間違えがおきないように、読み間違えられないような字を書くことは意識してきた。でも、読み間違えなければいいというものではない。それなりの字のレベルというのがあるだろう。
きっとこの先生、あまりにひどすぎる字ばかり見慣れ過ぎていて、社会通念的感覚から離れてしまっているのかもしれないが。
先生が言うには、私の方が自分の字について卑下しすぎだそうだ。

字、晒します。
平方完成。数字は子どもっぽいにしろ一見それなりに見えるかもしれませんが「定数」の文字に注目してください。文字がひどいんです。
IMG_1309.jpg
確率。
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図形(なんか横になっちゃって見にくかったらすみません)。
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障害年金の話も聞いてみた。
先生が言うには、やはり就労出来ていると年金は駄目だと言う。今は障害手帳で就労していてすら年金は打ち切られるケースまで増えているそうだ。
「では失業したら申請できますか?」と確認すると、「就労できない状態が固定していないと出来ない(つまり、転職できる可能性がある場合は駄目)」と言われた。
「これほど努力して就労して、努力せずに就労出来ない方が得なのかと思うと、不公平だと思います」とつぶやくと、先生は「まあね、不公平な制度だとは私も思います。でもそうなっているんです」とのことだった。

他の困りごとにもこれといった解決策はなく、思わず「お医者さんに助けていただくことを期待するのは間違っていますか。何か1つぐらいどうにかなりませんか」と言うと、先生は、「それは助けてあげられるものなら助けてあげたいけど。今日言われたことはどれもどうにもならないなあ」と言った。
これは、しょうがないかもしれない。そうなのかもしれない。お医者さんならもうちょっと言い方があってもいいとは思うが。
が、かちんと来たのは次のセリフだ。
先生はそれに続けてこう言ったのだ。
「まあ私に出来るのは、胃薬を処方するぐらいですね」

先生、ここは茶化すところではありません。
2017.11.25 Sat l メンタルクリニック l コメント (0) l top
久しぶりに会った会社の同僚に、突然「そういえばあゆみさん、去年の秋ごろ、週末に本能寺の近くにいました?」と訊かれた。

あ……。はい。そんなこともありました。
確か金曜が大阪出張で、土曜日に京都観光をしてみたんだっけ。

「えーと、いたことはいました。どうしてそんなこと知ってるんですか」と尋ねると、「いやー、自分もたまたまあの近くにいたら、すぐそばをあゆみさんらしき人が通っていって。でも、気づいた風にもなかったし、あ、と思ったうちになんとなく声かけそびれて」だそうでした。

ごめんなさい、たぶんその人のことが見分けられませんでした……。

しかし普段と違う環境(社外)の予想していない状況で、ちゃんと人を見分けられる普通の人の顔識別能力ってすごいな。
2017.11.25 Sat l 会社 l コメント (0) l top
転職したばかりなのに、アメリカ出張に行くことになった……。
人使いが荒いよ。そりゃ、転職してヒマなのも困るから忙しい方がいいとは思いましたよ。でもモノには限度がある。

ま、しょうがない。

というわけでアメリカに持ち込むお薬には証明書が必要です。
通院先のクリニックには「診断書は2週間前までに申し込みのこと」というルールがあるのだけれど、通院日が近かったので慌てて電話した。
受付の人に「〇〇日に行くので、そのときに」と頼むと「診断書は2週間前までに」と言われた。
それで「今までも何度も出していただいていて、日付だけ更新していただければいいんです」と押すと、過去の履歴を調べたようで「あぁ、分かりました。では先生にはその旨伝えておきますが、もし間に合わなかった場合にはご了承ください」と言われた。
たぶん問題なく出してもらえると思う。

が、ほぼ本当に日付だけの変更なんだよね。
これで数千円かかるのはかなり悲しいので、前回のをそのまましれっと持っていこうかと思ったのだけれど。

持参するお薬の中でも一番大事な睡眠薬。
普段私が飲んでいる睡眠薬はアメリカでは麻薬扱いで持ち込みが出来ない(お医者さんの証明書があっても不可)。
どの睡眠薬を持っていくかを相談しなければ。
なので記載するお薬を変える以上、新たに診断書が必要なのはしょうがない。
(この睡眠薬、なぜアメリカではそんな危険な薬物指定がされているのかというと、その作用が強力で、しかもアルコールと併用すると健忘を起こしやすいことから、デートドラッグ(アルコールに混ぜて飲ませてレ〇プする)として使われたものらしい)

ところでこの先生、数千円もする高級診断書をよく間違える。
受け取ったときにはちゃんと確認することも忘れないようにしなくては。
じゃなかった、受け取ったときでは遅いから、診察中に画面で確認させてもらうようにしないといけないんだった。

この先生の診察に私は普段とても満足していて安心できて有難いと思っていて、これを保険診療の3割負担で受けられる日本の医療制度はすばらしいと思っている。
だけど……診断書は高い。作業30秒ぐらいなのに。

せめて先生、間違えないでください。
そして先生、私が間違いを指摘しても機嫌を損ねないでください。
2017.11.24 Fri l l コメント (0) l top
子どもの頃、「ごめんで済んだら警察いらない」と言われたことがある(言ったこともある)。
最近、久しぶりにこれを思い出した。

私が前職を退職すると決め、退職届けも受理された後のことだ。ある本部長から「あゆみさん、ちょっと時間いい?」と近くの会議室に呼び出された。
「あゆみさん、退職するんだって?」
「はい、〇日が最終出勤日です」
「そうか……。残念だよ。最近見ていてとても一生懸命楽しそうに仕事をしてくれていると思っていたから」
「私も残念ですが、お給料が安すぎて、将来が不安です」
実際にはお給料だけが理由ではないけれど、これが大きな要因だったのは確かだ。
するとこの人はこう言った。
「あの時はごめん。本当にごめん。ぼくもあまり事情はよく分かってなくて、上に言われたことをそのままあゆみさんに伝えてしまって。申し訳なかったと思ってる」

「あの時」という漠然とした言い方ではあったが、この人からこう謝られるには心当たりはもちろんある。
この人は、私が当時の上司のパワハラで適応障害を起こした頃、人事本部長をしていた。
適応障害でもう休職寸前になり、最終的に一般職の閑職への異動という形になったとき、それを私に通知したのがこの人だ。
この時、私のお給料は一気に4割近く減っている。
今考えれば、こんな減給は違法だったのではないかと思うが、当時の私は弱り切っていたのでそれどころではなかった。
あまりにボロボロ過ぎて、転職も考えられなかった。
受けるしかなかった。

今回の転職で私はお給料が上がるが、上がるというのはこの安くなった前職でのお給料に対してであって、本来の給料レベルで考えればトントンぐらいのラインだ。40代の女性会社員が転職で大幅に給料が上がるというのはそうそうない。これはつまり高くなったというより、前職が安すぎたのだ。
正直、転職活動中に先方から「何で(今のお給料が)そんなに安いんですか?」と尋ねられるという面接は珍しいと思う。

謝って済むとでも思っているのか、と思った。
分かってなかったことをそのまま伝えたなんて、それが本部長という立場、人事という部門のトップが社員に対してすることなのか、と思った。

「ごめんで済んだら労基署いりませんね」と言いかけた。(←人事相手なので、恐れるのは警察より労基署)
いやいや、ここは私の大人の社交術。
そう思いなおして、「いえ、もう済んだことですから。その際はこちらこそお手数おかけしました」と言ってにっこり(こわばっていたかもしれないけれど)してみた。
相手はホッとしたようだった。

馬鹿野郎。

でも、謝ってきただけマシかな。
そのパワハラ上司本人は何も言ってこなかったから。
でもそのパワハラ上司、ある役員の引き立てで権勢をふるっていたのだが、その役員は今年退職した。役員の後任には嫌われている。権限も縮小されてきている。
今に失脚するだろう。
退職してしまうことによって、その失脚が見られないことだけは残念だ。
2017.11.23 Thu l 適応障害 l コメント (0) l top
私の発達障害を知っている人に時折、「あゆみさんはちゃんと仕事してるんだから、発達障害じゃないですよ」と言われることがある。

なぜ?
仕事をしていると発達障害じゃないの?

仕事をしていたら、車椅子の人は身体障害じゃなくなるだろうか。
仕事をしていたら、うつ病の人はうつ病ではないということになるのだろうか。

車椅子の人は、例えば事務職で健常者と同じ仕事をしていたとしても、やはり不自由はあるだろう。
うつ病で仕事をしている人は、お薬や通院や楽しみを犠牲にして休養を取るなどの工夫で何とか必死に勤務しているのかもしれない。
なぜ、発達障害の人が仕事をしていると「仕事が出来るなら発達障害ではない」と言われてしまうのだろう。
ブログや本では軽く書いているけれど、私の相貌失認は社会人としてはかなり致命的にコミュニケーション障害につながる。
人の表情を読めないこと、言葉の裏が読めないこと、根回しが出来ないこと、暗黙の了解が分からないこと、発言していい場面といけない場面の区別がつかないこと、正論にも言い方があることが分からないこと、これらをごまかしながら、クローズで会社員をしていることは相当な無理をしている。
しかも、それでも結局転職を繰り返すことになっているのだ。

精神科の初診でお医者さんに「会社勤めが出来ているのですよね」と言われたときには「会社勤めが出来ていると発達障害じゃないって言いたいのか?」と思った。お医者さんがこう聞くぐらいだから、やはり社会への適応の程度というのを見る基準ではあるのかもしれない。
でも、それでも初診で「発達障害に間違いない(テストを受けたければ受けてもいいけど、受けなくても発達障害の診断には疑いない)」と言われたのだから、「仕事が出来ている」は「発達障害でない」とイコールの関係にはないはずだ。

まあ、発達障害発達障害と言われるよりは、発達障害じゃないんじゃないの?と言われるぐらいの方がありがたいのではないかという考えてみようともするのだけれど。そして、社会生活をするための苦労や努力なんて、いちいち(少なくともリアルの場では)言うべきことでもないと思っているのだけれど。
そういわれるたびになんか釈然としないのだ。
2017.11.21 Tue l 発達障害 l コメント (0) l top