カウンセラーのアンガーマネジメント

最近、イライラしているみたいでつまらないことをカッとしてしまうことが多い、という相談をカウンセリングでしてきた。
もともと私は短気なところがあり、アンガーマネジメントはそれなりに試みている。でも、今はダメなのだ。
そう言うとカウンセラーにどんなアンガーマネジメントをしているか尋ねられたので、「一般的なことです。一呼吸おく、その場を離れる、飲み物を買いにいく、怒りを数値化してみる……これぐらいはやっているんですけど、うまくできません」と言った。
するとカウンセラーは「出来ることはやっているんですね。困りましたね」と言ってから、唐突に「フランクルの『夜と霧』って呼んだことあります?」と聞いてきた。
「もちろんあります」と答えると、「あれ、読んでみたらどうですか。あれを読むと、つまらないことで怒っているのがばかばかしくなります」と言う。
(「夜と霧」はアウシュビッツでホロコーストを生き延びたユダヤ人精神科医の回想録)

そ、そりゃまあ、そうかもしれないけど、それは極端というか・・・

「うーん、なんというか、それ。そうですね、私が今貧困に苦しんでいて生活保護でぎりぎりの生活をしていて、明日食べるものも心配というような生活をしているという相談をしたら、『ナイジェリアやルアンダの難民キャンプの人たちのことを思えば、今日食べるものがあるだけでもありがたい、明日のことを悩むなんて贅沢って思えるでしょ』と言われているのと同じような感じじゃないでしょうか。ちょっと極端ですし、現実味がありません」と言った。
(このカウンセラーとのつきあいは長く、言いたいことを言わせてもらっている)

意外なことに、これはそのカウンセラーの実体験なのだそうだ。
自分がすごくイライラして些細なことに怒りっぽくなっていた時期に、夜と霧を読み、「どんな環境でも人の心は自由だ」という文章に心打たれ、自分のいらつきがおさまったのだとか。

カウンセラーがそう言うと、なんか説得力がある。
それで、「じゃあ読んでみようかという気になりました……。でもあれ、重いんですよね」と言うと、「そうなんですよね。私も薦めながら言うのもなんですけど、今のあゆみさんに薦める本じゃないな、と……」と優柔不断なことを言う。
「そうですねえ。まあ、読めそうだったら読んでみます」ということにした。

この夜と霧の作者は自分は生き延びたが、奥さんをアウシュビッツで亡くしている。
「きっと、あの冷静な『夜と霧』では書けない思いはたくさんあったでしょうね」と私が言うと、カウンセラーは「そうですね。それでも、その中でフランクルが残したい、と思った内容があの本なんですよね」と言った。
うまく表現できないが、ああ、きっとそうなんだな、と思った。

あと、カウンセラーは「言葉で怒る前に、メールに書くとか、他の方法で発散することを考えるといいですよ」と言った。
おお、なるほど。と内心思った。「内心」と言うのは、「じゃあこのブログに書こうと思ったからだ(ブログを書いていることはカウンセラーには言っていない)。
当分、ここをアンガーマネジメントの場にさせてもらおう。

それから、もっと単純な方法として「深呼吸がいいですよ」と教えてもらった。ふむふむ。

それにしても、ストレスで怒りっぽくなっているという人にフランクルの夜と霧を薦めるより、普通は深呼吸を先に薦めると思うのだが。
それだけに、きっと自分も怒りっぽかった時期に夜と霧を読んだという話は本当なのだろうなと思った。
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とりあえず謝るということ

最近の記事で「理由はわからないけれど怒られているらしいからとりあえず謝る」という話を書いた。

これは子どものころからの長年の経験によるところが大きい。
元々私は人の様子を見て取ることが下手だ。だから、私が「なんか怒ってるんじゃ?」と思った段階ではすでに相手は激怒している段階のことが多い。
そこで「何か怒ってる?」なんて聞いたらそりゃ火に油だ。

親に怒られても意味が分からなかった。分からないから「どうして怒ってるの?」と聞くと「自分で考えなさい!」とさらに怒られる。
考えて分からないから聞いているのだ。
考えても分からないから聞いているのにというと屁理屈ばかりこねると言われ、黙るしかない。
だけど黙っていると「なんで怒られてるのか分かった???」と言われ、ここで「分かった」と言ってもその説明を求められたら答えられないし、「分からない」と答えるとさらに怒られる。
かわいげのない子ね、強情な子ね、とよく言われた。
私にとっては地雷畑を歩いているようなものだ。いつかはどっかーんと来る。でも分からない。一歩一歩、抜き足差し足、おそるおそる進しかない。

とりあえず謝る、は、その段階にいくまでに相手の気持ちを和らげるという意味では比較的有効だ。
ただ、前述のように人の様子を見て取ることが苦手な私が気づく段階では、すでに相手はかなり怒っていることが多い。
だから、ここで「謝る」は「平謝りに謝る」だ。とにかく、理由が分からない以上、「言い訳をせず」謝ることが肝心。

でも不条理だなあと思う。
どうして怒っているなら怒っていると言ってくれないのか。
そしてなぜそれを察しないことでさらに怒られなくてはならないのか。

強情だと言われても、私は私なりに「理解できない理由でとにかく謝る」と最大限の努力をしているのに。

離婚して良かったこと―母の日

母の日にカーネーションとプチギフトを送った。
金額を露骨に言うのもいかがなものかと思うが言ってしまうと、総額数千円のものだ。

今年ギフトの手配をしたときに、しみじみ「離婚して良かった」と思った。

元夫は金銭にシビア、というか、はっきり言えば他人に対してお金を使うことにケチだった。

結婚した最初の年の母の日に、元義実家と実家に母の日のお花の手配をしたときの衝撃は忘れられない。
最初の年だし、ちょっと頑張った方がいいかなとは思ったのだが、元夫がケチなことは既に分かっていたので、お花とプチケーキのセットの3500円ぐらいのものにした。楽○ランキング1位だったという安直な基準だが、私の感覚からすれば40代の夫婦が母の日に送るには控えめな金額のつもりだった。

元夫に「母の日の注文しておいたよ」と言うと、元夫は「いくら?」と聞いた。
最初の質問が、「何選んだの?」ではないことにややびっくりしながら、「送料無料で3500円ぐらい、両方で7000円だった」と言うと、「高いね」と言われた。

衝撃だった。
私の感覚では、上述のとおり、むしろ控えめだと思っていたからだ。
私たちは裕福だったわけでも高級取りだったわけでもない。それでも母の日のギフト話が出たのはその何日か前に二人で近所のお寿司屋さんにご飯食べにいった時のことで、その際には二人で2万円ほど使っている。そういう生活レベルで、母の日の3500円が高い?

金銭感覚は夫婦でも難しい問題だと思う。
そして、本当は夫婦できちんと話し合いながら、一つ一つ解決していくものなのかもしれない。

でも離婚した今、私は「母の日の数千円のギフトぐらい好きに買えて、本当に良かった」と思うのが正直なところだ。

やっぱり怒ってた・・・と思う

メンタルクリニックの先生とは連絡がついた。
やっぱり、絶対怒ってたようだ。
お医者さんてそんなに簡単に患者に怒るか?と思うと(普段穏やかで根気の良い先生だ)自分の何がいけなかったのかよく分からないのだけど、もういいやと思って「先生、何か怒っていらっしゃるんですか」と尋ねた。
「……別に怒ってはいません」
というのが先生の答えだった。

先生、その「……」の沈黙はどういう意味ですか。
どうして声が冷たいんですか。
大体、電話の第一声が「メッセージが読めないってどういう意味ですか」って、先生ポイントはそこですか。

私は長年「なぜ怒られているか分からないけど怒られているらしい」という事態を繰り返し経験してきて、そういう状況に対応するために編み出した対策というのがある。
それは「とりあえず謝ってしまえ」だ。
これで相手は勝手に謝ってる理由を自分に都合よく解釈してくれることが多い。

とりあえず、言ってみた。
「先生、すみません。この前は本当にすみませんでした」

先生はまた少し黙ってから、「怒っていたわけではありません。ただ、あなたの状況も分からないのに、次々答えにくい質問されて、私も困惑してたんです」と言った。少し声が和らいでいた。
いえ、先生。あれは「困惑」ではなかったと思います。
・・・・・・などと言っては火に油を注いでしまうことぐらいは分かっている。
状況が分からないのがいけなかったのか?

「ちゃんと経緯や状況をお話するので、また診察受けにに行っていいですか」と尋ねると、先生は「もちろんかまいません」と、だいぶ普段に戻った声で答えてくれた。

この「とりあえず謝ってしまえ作戦」はそれなりに有効だ。
ただし、原因が分かってないので同じことを繰り返した場合、相手の怒りは倍増してしまうというリスクがある。

自転車

電車が怖いのと軽い運動をしたいのと、単純に気持ちよさそうだなと思い、自転車を買った。
本当は自転車通勤がしたかったのだけれど叶わず、電動アシストが欲しかったのだけれどこれも叶わず、それでもあきらめずに普通の自転車を買った。

自分の自転車なんて何十年ぶりだろう…。
コンスタントに乗っていたのなんて高校生以来だ。

とはいえ、自転車なんて別に忘れるものじゃなし。
何の不安もなく、購入したての自転車にまたがって漕ぎ出した。

・・・最初の曲がり角ですっころんだ。
曲がり切れず、バス停に激突しそうになり、慌てて足をついたら滑り、自転車は横転し私も地面に投げ出された。

瞬間、「恥ずかしい!」の思いの方が強く、我慢して何事もなかったかのように自転車にまたがり、再び走り出した。
家に帰って足を見ると、真っ青なあざだらけだった。

歩いてたって数年に一度は転ぶのに。
なんで「自転車は大丈夫」なんて無防備に思ったんだろう。
自分の運動神経の悪さは自覚していたはずなのになあ。

でも、久しぶりの自転車は気持ちよかった。
少し勘を取り戻したら遠出もしていようと思う。

Wi-Fi環境がないとこんな苦労が

引っ越しでまだWi-Fiがない。とっくに申し込んでいるのだけれど、HP上の案内と違って遅い遅い。
確認の電話がかかってきたときに「ずいぶん遅いんですね」と言うと「たくさんのお客様からお申し込みをいただいておりますので」と言われたが、そんな理由が通るのか?
そんなにお客様が多いなら増員対応すればいいのに。

それはともかく、そういうわけで不便な生活をしている。
会社のPCである程度ネットにはアクセスしているが、家では携帯がほとんどだ。
そしてWi-Fiにはほとんど接続していない。

メンタルクリニックの先生から冷たい対応を受けたという話を書いたが、理由がわからない。
わからないときは直球が身上なので(?)、「先生何か怒っていらっしゃるのでしょうか。お医者さんが患者に怒るとも考えにくく、私も心当たりがないのですが、この前違和感がありました」というようなことをメールした。
メールはしたが、たぶん返事はないだろうと思っていた。

ふと昨日携帯を見ると、先生からメッセージが来ていたようだ。
メッセージの一覧画面には発信者と最初の2行だけが表示される形式なのだが、ここに、私のメッセージ送信日の後の日付で最初の2行が表示されている。しかし、本文を読もうとすると表示できない。
ちないにこの最初の2行、「あなたは"お医者さんが怒るとは考えにくく自分も心当たりがない"といいますが」で切れている・・・・・・
どうやら先生、本当に怒っていたようだ・・・・・・
「が」ってことは、そうではないってことだよね。怒ってたんだよね、やっぱり。
が、その中身が読めないので気になる。

まず、携帯会社に問い合わせると、スマホの製造会社に問い合わせてくれと言われ、スマホの製造会社に問い合わせると、「ソフトウェアアップデートをしてください」と言われた。Wi-Fiがないんだよう。
しょうがなく、コーヒーショップで速度の遅いイラつくWi-Fiを利用し、かろうじてアップデートしたが不都合が解消されない。
再び電話をすると、ではPCの方おアップデートしてください、と言われた。
家にネット回線がないのだよ!
会社のPCを借りようとすると、ソフトウェアをインストールするには会社のITの管理者権限が必要で自分では出来ない。
その状況で再度問い合わせると、「ではまた環境が整ってからお電話ください」

「環境が整ったらまた対応しますが、とりあえずこのメッセージだけ読みたいんですけど、サーバーから転送とかしていただけないですか」と尋ねると出来ないのだと言う。
なんて不便な・・・・・

しょうがないのでモバイルWi-Fiをレンタルし、家でインストールした。解決しない。

あまりに気になるので、間が抜けてるなあと思いながら、おそらく怒っているであろう先生に「メッセージが読めません。再送いただけないでしょうか」と再度メールしていたが、まあ返事はないだろうな。
というか、もし送ってもらってもやっぱり見られなかったら同じだし。

しかし世の中にはWi-Fi環境がない人というのはそれなりに一定数いるのではないかと思う。
それなのにスマホのソフトウェアのアップデート一つできないなんて、不便だな。

対応策

最後にメンタルクリニックに行ったとき(先生が冷たかったと書いた前記事のこと)、困っていることとして相談したのは次の3点だった。
1.電車が怖い。正確に言うと、電車に飛び込みたくなったらどうしようと思うとホームに立つのが怖い。
2.突然カッとすることがあり、見知らぬ人に暴言を吐いたり暴力を振るいそうになったことがある。
3.連日の飲酒と過食が止められない。

電車はずいぶんと「ホームに柵のある駅」に詳しくなってきた・・・
柵があれば乗り越えてまでとは思わない。
まあ、出来るだけ電車に乗らないようにしている。
通勤はかろうじて歩ける距離なので往復歩いているし、近距離のお出かけ用に自転車を買った。この通院もカウンセリングも今まで電車で行っていたのだが、自宅前からも会社前からもバスが通っていることが分かったのでバスを使っている。
それでもごく稀には電車に乗る必要はあり、そういうときは電車がホームに入ってくるまでホームには立たず、階段などで待機している。「うっかり」しないように気を張り詰めている。それにそれほど遠出をするわけではないので、本当に嫌な感じならタクシーに乗れば良い。
暴力・暴言衝動は・・・・・・。これは、困っている。何の予兆もないだけに困っている。これは次回、カウンセリングで相談しようと思う。
そしてアルコールと過食。先生はアルコールについては量は明らかに多いし、休日に朝や昼から呑んでいるなんていうのはやはり適正な飲酒ではないと言う。だが、じゃあどうしたらいいのかについては何もなかった。「休肝日を作ってください」と言われたが、そんなことが出来るものなら相談なんかするものか。

しかし、後に冷静に考えたのだが、精神科にもやはり専門分野があるはずだ。そりゃそうだなあ。発達障害の診断受けに行くにあたっては、発達障害の専門のところを探したもんな。
きっとこの先生は、アルコール依存についてはあまり自信がないのではないか。というか少なくとも積極的に診たい疾患ではないのではないか。と思ってネットで見てみると、アルコール依存は精神科の中でも嫌われ者らしい。本当かどうかは知らないけど、妙に納得するところもある。

じゃあアルコールはアルコール専門のところに行こうと思い、探してみた。
隔離病棟とか入院とか、そういうレベルではないぞ。相談が出来るようなクリニックレベルのところだぞ。
とドキドキしながら探してみると、そういう感じのところがあったので電話した。
混んでいた・・・・・・やっぱり今、専門がある精神科というのはどこも混んでいるのね。
予約は少し先になってしまったけれど、それでも予約が取れたことに安心した。
「あのう、自分がアルコール依存症だとは思ってないんですけれど(←本人が言うのだから相手には全然信憑性はないだろうが)、少し最近自分の飲み方が変わってきているのが気になっていて、そういう相談でもいいですか」と尋ねると、大丈夫とのこと。
(保険診療というのは治療が目的で、予防は対象にならないはずなので)
スクリーニングテストはやりましたかと尋ねられ、2種類やっていずれもアルコール依存症の「疑い」だったと答えると「そうですか」と言われたのだが、「そうですか」はどういう意味だったのだろう。
会社には行っているし、会社前夜は深酒はしないし、まだコントロールは効いている。今のうちになんとかしておきたい。

ところで会社の人事から「健康診断のご案内」が出ていた。多分私は2,3ヵ月後が健診だ。
アルコールは多少最近問題飲酒があるとはいえ身体に出るような事態にはなっていないと思うが、過食を伴っているので体重がまずい。なんとか体重は落とさないとなあ。
これはダイエット道場でも行くか?
・・・すべて他力本願だな。

依存してもいいと思ったのに

よれよれしながらも頑張っているつもりだ。
しばらく間が空いたが、引越しによりネット環境が整ってないというのが主な理由で、特段大きく調子を崩していたというわけではない。
でもまあそれなりに不調は不調なので、依存でもいいやと決心してメンタルクリニックに行ってきた。

待合室で他の患者さんを呼ぶ「○○さん、お入りください」という先生の声が聞こえただけで安心した。
その途端「いやだな」と思った。
声を聞くだけで安心するって、何なのだ。そんなに人に依存するのは、やっぱりいやだ。
・・・だけど、助けて欲しい。依存でもいいから楽になりたい。一息つきたい。

そんな複雑な気分で受診したのだけれど・・・
先生が妙に冷たかったように感じた。
「どうしたらいいですか」と尋ねても、「こんなに間をあけて、突然来て、すぐに対応聞かれても答えられませんよ。大体こんなに久しぶりだと以前のあなたの状況なんて思い出せない部分もあるし」と言われたり、先生の話に「私には当てはまらない気がします」と言うと「自分の望んだ答えじゃないからといって否定されても困るな」と言われたり。
今までこんな対応を受けたことはない。
時間は十分とって丁寧に話は聞いてくれたのだけれど、今までと違ってそれに対してどうしたらいいのかという指針やアドバイスを一つもくれなかった。
最後に「結局自分で頑張るしかないですか?」と尋ねると「そうですね。時間が経つのを待つしかないですね」と。
時間が経つまでどうしたらいいかがわからないのに。

あえて言うなら「怒ってる」ようにも感じるのだけれど、お医者さんが患者に怒るということはそうそうないように思う。とりあえず受診をやめたときは手紙とはいえ連絡はしてるし、予約のキャンセルも前もってしている。再受診もごり押ししたとか無茶な割り込みをしたとかではない。
なので、思い当たるところがないのだが、それにも関わらず「見捨てられた」「突き放された」と感じた。
診察の最後、普段は次回の予約を取るのだけれど、先生が「次回はどうする? 一応予約入れておく?」と聞かれ、「自分で頑張るしかないんですよね?」と再度尋ねると「そうだけど」という答えだったので、次回の予約は取らずに帰ってきた。

受診後のほうが受診前よりも不安感が強くなっている。
・・・結局、「いざとなったら先生に助けてもらえる」って思ってたんだろうなあ。
それが叶わなかったから、セーフティネットを外されたような気になっているのだ。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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