障害児の親の責任

小2に飛び降り強要、小4両親に1千万円賠償命令という記事を読んだ。

小2の女児が縄跳びを振り回していたのに腹を立てた小4の女児が、マンションの9Fに連れていき、「飛び降りろ」と命じて飛び降りさせたという事件だ。
幸い女児は命を取り留めている。
3000万の損害賠償請求に大して、1000万ちょっとの賠償責任を小4女児の親に負わせたという判決だった。
で、この小4女児の方は強度の難聴、事件後に広範性発達障害と診断されたという。

これって、親の責任なのかなあ。親「だけ」に監督責任を負わせて済む話なのかなあ。

続きを読む»

スポンサーサイト

こう言ってもらえればそうかと思う

処方箋を間違えられて怒ったという話を友達にした。
彼女は「まー、そりゃ怒るよね」とは言ったが、「でも結果的に正しい処方になったんだし、先生にクレームメール入れるほどのことじゃないかも」と笑う。
やっぱり怒りすぎたか。
友達は、「まあ今後も通院するなら次回の診察のときにでも一応謝っておいたら」と言う。
精神科医がいちいち患者の言動を気にするとは思わないが、次回診察時には一応謝った方がいいのか。
でも、「そもそも先生が処方箋を間違えたのが原因じゃん」と思ってしまう。

会社員をしていれば、そりゃ表面的に謝ることはある。
しかし私は「相手が原因を作った」と思っているときに、自分の側から謝るのが苦手だ。
子どものころからそうだ。
ただ、相手から謝ってくれれれば、次は自分の番、と謝れる。
また自分が原因を作ってしまったと思っているときは自分から謝れる。
ぎりぎり、「相手も悪いけど同時に私にも悪いところがあったな」と思えるときにも謝れる。
つまり自分から謝るには原因を作った時系列としてはせいぜい「同時に」までで、これが「相手が悪い」→「私が悪い」の場合は「相手が謝る」→「私が謝る」であるべきだと思う。

そして今回は。

続きを読む»

スキゾナントカ

発達障害の診断を受けた時、驚いてというのも変な話だが驚いて、「本当に発達障害ですか? 性格の問題とかではありませんか?」とお医者さんに尋ねた。
先生は「場合によっては発達障害に見えてもスキゾナントカを疑うこともありますが、あなたの場合は違いますね。発達障害です」ときっぱりと断言した。

発達障害との診断にショックを受けてその場では呆然としてしまったのだが、後になってからこの「スキゾナントカ」は何だったのだろうと考えた。
検索してみると、「スキゾフレーニア」というものがひっかかった。統合失調症のことらしい。
そして統合失調症と発達障害はまぎらわしいことがあるそうだ。
「まあ私は統合失調症じゃないよな……」と納得したつもりだった(←統合失調症は病識がないことが多いらしいので、自分でこう考えたからといってどこまであてにできるかは怪しいが)。

その後も、時折「私は愛着障害なんじゃ?」とか、「私はパーソナリティ障害なのでは?」と思うことはあったが、スキゾナントカじゃないしなーと思っていた。
ちなみに愛着障害やパーソナリティ障害は、後天性のものということで改善の余地が多い気がする。なので私の中では発達障害より「マシ」なイメージなのだ。
統合失調症はお薬を飲み続けないといけないようなのでそれは(私の)発達障害より嫌だ(断続的に精神科のお薬を飲み続けて3年以上、それでもやはりお薬には抵抗がある)。

ところが、この前、スキゾイドという言葉を知った。スキゾイドパーソナリティ障害。
特徴はWikipediaさんによると、
DSM-IV-TRでは次の斜体文診断基準のうちの少なくとも4つ以上を満たすことで診断される。
1.家族を含めて、親密な関係をもちたいとは思わない。あるいはそれを楽しく感じない
2.一貫して孤立した行動を好む
3.他人と性体験をもつことに対する興味が、もしあったとしても少ししかない
4.喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない
5.第一度親族以外には、親しい友人、信頼できる友人がいない
6.賞賛にも批判に対しても無関心にみえる
7.情緒的な冷たさ、超然とした態度あるいは平板な感情

続きを読む»

努力

昔、「なせば為る」という言葉を信条としていた時期がある。
この言葉、「なせば為る。為らぬは人のなさぬなりけり」と続くと聞いて、深く納得し、頑張れば結果はついてくるはずなのだと思っていた。
(努力では到達しえない世界や才能があることは知っている。あくまで普通人の生活レベルでの話)

数年前、適応障害を起こしていたころ、自分を責めていたのもこの発想があったと思う。
「うまくいかないのは私の努力が足りてないからだ。もっと頑張らないといけない」
でも頑張ってもどうにもならない。
「努力が足りない私が悪い」

そんなとき、友人に「世の中さ、頑張ったって努力したってどうにもならないことなんていくらでもあるんだよ。あゆみは今まで頑張ったら結果が出てきちゃったから免疫がないんだよ。でもそんなの普通のことだから」と言われた。
この時、目からうろこが落ちた思いだった。
そうか、頑張ってもどうにもなrないことはあるのか。どうにもならないというのは頑張っていないということとイコールではないのか。

続きを読む»

遺伝

顔が覚えられないとかお金の管理ができないとか、私の発達障害に見られがちな特性は父からの遺伝だと思う。
母が言うには父はとても変わった人で、でも私はそれに輪をかけて変わっているそうだ。
母に言わせると、父の人の顔の覚えられなさやお金の管理の下手さはひどいものらしいが、でも私のひどさはそれ以上らしい。

「まったく、私の悪いところは全部お父さんからの遺伝だね」と、この前実家に帰った際に笑った。
「じゃあお母さんからの遺伝は……お母さんと一番共通するのって……」

母と私、口を揃えて、「偏頭痛だわ」

母の偏頭痛と私の偏頭痛はよく似たタイプで、頭痛が起きるタイミングまで似ている。

父からは発達障害、母からは偏頭痛、ろくな遺伝をしてくれなかったなー。
ちなみに母は人の顔を覚えるのが得意で、お金の管理もしっかりしている(ケチというわけではなく、節約と管理と大きいところでの使い方がうまい。父と私は細かいところで惜しんで安物を買ったりするのにお金そのものにルーズで計画性もない)。
半面、父は頭痛知らずだ。
ああ、逆の遺伝をしてくれれば良かったのに!

もちろん、私にはいいところもある。
でもそれは、私が自分で獲得したもの、と思っている(笑)

処方間違いへの怒り

メンタルクリニックへの通院は続けているが、お薬はほぼ自己申告制だ。
実際、お薬は「ついで」に近い。
先生と話すこと自体が一番落ち着く。
お薬も大して必要ないのに邪道な受診ですみません……と思ったが、考えてみればそういうのこそが「通院精神療法」(←領収書の明細に記載されている項目)かもしれない。

まあそれはともかく。そういうわけで前回の受診日も、お薬として処方してもらったのはゾーミッグという偏頭痛のお薬だけだった。
頭痛もちで、市販薬では効かないことも多いので、これは手持ちを切らさないようにしている。

「今日はお薬はゾーミッグだけお願いします」
「はい、じゃあゾーミッグ10個出しておきますね」(いつもの個数)
「はい、お願いします」
との会話を最後に診察室を出た。

続きを読む»

顔と役柄

私が人の顔を覚えられないというのは、間違いなく父からの遺伝だ。

母がおしゃべりの中で、「お父さんたらね、半年も朝ドラ見てたのに、主人公が他の番組に出てたらもう分からないのよ」と笑う。
私「そりゃ分からないでしょ。だって、違う役なんでしょ?」
母「だって顔が同じじゃないの!」

・・・・・・それが、分からないのだ。
番組の中の固定のキャラクターは、比較的分かりやすい。
でも、別の恰好をして別の番組に出ていたら、お手上げだ。

子どものころ、家族で水戸黄門を見ていたら、母が「やっぱりキャストが変わっちゃうと、変な感じねえ」と言った。
え? 誰が変わったの? と思った。
私にとって水戸黄門は、白いひげをはやして黄色っぽい服(?)を着て杖をついたお年寄りだ。
これが当てはまってそれらしい言動なら、それで水戸黄門と認識できてしまう。
代替わりの違和感とは無縁だった(喜ばしくないが)

この前、「ハドソン川の奇跡」とい映画を見てきた。
実話をベースとしたストーリーで、面白かった。
幸い登場人物も少なく、とりあえず主人公の機長は機長だと認識できた。
映画が終わって、エンドクレジット。
機長はトム・ハンクスでした。
トム・ハンクスの映画、今まで結構見ていますが……。
まったく分かりませんでした。

私にとって、映画やテレビの役柄は役柄で完結。それを俳優が演じているということが分からない、というのか、もちろん理屈では分かっているのだけれど、役柄の後ろにいる俳優自体は見分けられない。
しかし逆に、そういうことが見分けられる普通の人というのは、それでフィクションの世界に入り込めるのだろうか。
「この役はこの俳優が演じているだけのキャラクター」と思いながら(分かりながら)、その世界に浸れるのだろうか。
そんな複雑なことを理解しながら物語に浸れるのだとしたら、すごいなあ。

宇宙船の夢

夢を見た。

私は宇宙船に乗っている。
搭乗者は私ただ一人、一生地球には帰還しない。

プロジェクタのようなものをつけると、熱気球で観光をしているかのような、街並みを見下ろして飛んでいる風景になる。
見降ろしていると、だんだん暗くなっていき、街の家に明かりが灯り始める。
それを見ていたら涙が出てきた。

そこで目が覚めた。

私は昔から一人でいることが好きだ。
若いころは宝くじを当てたら無人島を買って自給自足の生活をするのが夢だった。
それでも、「普通の生活を送っている人」がうらやましい。
理屈では、人にはそれぞれの悩みがあると分かっている。
でも、一人のときに街に明かりが灯っていくのを見ると、孤独を感じることがある。

星間宇宙船の宇宙飛行士。一人でいることが好きで、宇宙も大好きな私からすると、理想の職業のように思う。
でもいざそうなってみたら、二度と戻れないと言われたら、泣くのかもしれない。
中途半端だな。

双子のカウンセラー?

私は何度も会った人ですら覚えられないのだから、一度すれちがった程度の人のことなどまったく見分けられない。

カウンセリングに行ったときのことだ。
フロアの入り口で、「こんにちは」と声をかけられたので、「……こんにちは」と返事をした。
声や視線で、私のカウンセラーではないことは分かった。

そして待合室に入って座ると、カウンセリングルームのドアが開いて、相談者らしき人をカウンセラーらしき人が見送りに出てきた。

えっ? 今、入り口で挨拶した人?
ほんの20秒ぐらいしか経ってないよね?
入口からカウンセリングルームに裏からいく通路でもあるの? それにしても早すぎない?
と混乱して、入り口の外を覗きに行った。
すると、入るときに「こんにちは」と挨拶した人の後ろ姿が見えたので、別人だったらしい。

カウンセリングの際にその話をした。
「さっきここでそっくりなカウンセラーの方を二人お見かけしたんですけど、双子のカウンセラーがいらっしゃるんですか?」
と尋ねると、私のカウンセラーからは
「双子のカウンセラーはいませんが。誰のことを言っているかは分かります。今日は同じような髪型に同じような服装でしたね」との答えが返ってきた。

「髪型と服装だけですかー。やっぱり私が似てると思っても顔見てるわけじゃないんですかね。そのお二人、顔は似てないですか?」としつこく尋ねると、「まあなんとなく雰囲気は似てますけどね。顔は似てないですよ」と言われた。

「この人とあの人は似てる」と思ったということはちゃんと顔を見ているということなのかと期待したのだが、やっぱり顔は分かってないんだなー。

ルネスタ

3年ぐらい前からサイレース(睡眠薬)を使っている。
途中、調子が良かった時期は1年半ぐらい使っていないが、このときの断薬に全く苦労はなかったので、依存はなかったようだ。
そして数か月前に再開してからも、耐性ができることもなく、よく効く。

とてもありがたいのだが、寝すぎて困る。
9時間寝られれば抜けるのだけど、会社員してて9時間はなかなか寝られないでしょ。

というわけで、もう少し短いのがいいと希望して、ルネスタというお薬を処方してもらった。
副作用として、「翌朝ちょっと口の中が苦いかもしれないから、起きたら口ゆすいでね」と言われた。
「苦いのは全然大丈夫です。気になりません」と答えた。
ビールの苦さとか大好きだもんね。
起きて朝からビールの味なんて、ラッキー! 副作用どころか嬉しい作用だ。

と都合のよいことを考えたのだが。

実際に飲んでみると、「ちょっと口の中が苦いかも」どころではなかった。
苦いどころではない。口が気持ち悪い。記憶をなくすぐらい酔っぱらって帰ってきて歯も磨かずに寝てしまった翌朝のようだ。
ビールの味どころか二日酔いの味……最悪。
そして、ゆすぐぐらいではとれない。しつこくしつこく大量の歯磨き粉で歯を磨いて舌も磨いたが、ダメだ。戻した後のような気持ち悪さがこびりついている。
さらに言うと、翌朝どころではなかった。お昼になっても、夕方になっても、夜になっても……なんと、さらに翌朝ぐらいまで持ち越した。もちろんこの晩はルネスタは呑まなかったのだが。
二日酔いどころか三日酔い。

確かに作用時間は「ちょうど良い感じ」で、就寝時にかけた7時間後の目覚ましが鳴る10分前に目が覚めた。
しかし、もう二度と飲む気がしない。
サイレースで我慢しよう。サイレースでもとりあえずなんとか起きられはするのだ。起きて2時間ぐらいは眠気が残っているだけで。
2時間の眠気と終日の口の気持ち悪さを比べたら、眠気の方がマシだ。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
広告


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ
にほんブログ村
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR