空気が読めない強み

ブリュッセルに出張に行ってきた。
現地の偉い役人とのミーティングが目的だった。
会社が雇っている現地の弁護士が実務はやってくれるのだけれど、会社の代表としてミーティングに出席した。

会社の代表としてとはいうものの、うっかり失言などできない。
話すのは現地の弁護士任せで、まあどんな感じなのか様子を見てくればいいという話になっていた。

いざ、ミーティングが始まると、なんか納得がいかない。
会社側の弁護士はいろいろ議論しているが、今一つ先方の態度に納得がいかない。
「すみませんが」と口を挟んだ。
「法律的な議論としてはご説明は分かりますが、当社としてはこのやり方を不公正な取り扱いを受けていると感じています」
ぶっきらぼうに言い放った。

先方はびっくりしたらしい。
明らかに慌てて、「不公正な取り扱いをするということは絶対にない」などと言っていたが、その後は弁護士だけではなく、私の方も気にしながら話すようになった。
私がまずいことを言いそうだったら止めてね、と弁護士には頼んであったのだが、隣で弁護士は役人側の反応を面白がっていたようだった。

後で聞くと、こういう場で日本人が、自分側の弁護士を通しもせずに、直接役人に文句を言うというのはとても珍しいらしい。

思ったのだが、私は空気を読まない(読めない)分、その場の雰囲気にのまれるということがないのではないか?
理屈が通らなければ変だと思うのは、相手が誰であれそう思うし、そう思えば言う。
そして仲の良い同僚に言われたのだが、「あゆみは無駄に愛想を振りまいたりしないから、日本人にしては異質に見えるんじゃないの?」とのこと。褒められているのかどうか分からないが、確かに愛想は振りまかない(振りまけない)。この時も、英語力のせいもあるが表現はぶっきらぼうで、そして悪気はないのだが無表情だったと思う。
そりゃ相手はびっくりしたかもしれない。

空気が読めないのは、プラスに働くこともある。
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考えたやつ誰だ?

金曜の朝に母からメールがあった。
「今日は帰り早いの? 15時までなんでしょう?」
心当たりがないし、そもそも普段会社の予定を母に教えたりしない。
何のことかと思ったら「ぷれみあむ・ふらいでー」なるもののことを言っていたようだ。

月末の金曜に15時までで仕事を切り上げて帰れ???
多くの会社員にとってもっとも忙しい時ですが。
月末(あるいは週末)の金曜に早く帰れというのは、事実上土曜日出勤しろということになるんですが。

そして今年の3月31日は金曜日。年度末です。私の勤務先も年度末最終の重要議案山積み取締役会でございます。
役員会自体は3時前には終了するけれど、下っ端はそこからアクションだ。
多くの会社員にとって決算日となる3月末日なんて、普通だって夜の予定なんか入れられない。
これなんぞ翌日は4月(新年度)に入ってしまうので、翌日出勤というわけにもいかない。

別に私が珍しい例でも、私の勤務先が珍しいわけでもないと思う。
多くの会社で同様ではないか。
こんな制度、誰が考えたんだ?

そしてこの制度の趣旨は休みを増やそうとかのんびりリラックスできる時間をとかではなく、消費を増やそうということらしい。
だから飲食店や小売業など、消費活動をするところで働く人が15時に帰れないなんてことはどうでもいいらしい。

ほんとに誰が考えたんだよ、こんな間抜けで腹立たしい制度。

回数確認

メンタルクリニックの先生に腹痛の連絡をしようとしたときのことだ。
夜にメールを1回、電話(留守電になったので着信履歴のみ)を1回、連絡したのだが、電話が来なかった。

翌日会社で、仲良くしている友人にその話をした。
「この前、頼み事で54回電話したら怒られたんだけど、腹痛は何度催促していいと思う?」と尋ねると、友人は「うーん、じゃあ、3回!」と、おおざっぱな回答をしてくれた。
無事3回目の電話がつながったので良かったが(でも助けにならなかったので別に良くもなかったが)、3回っていう基準はどこから来るのだろう。彼女が言うのには「常識的なライン」らしいのだが。

「そーゆーのがよく分からんのだよね」とこぼす私に、その友人は「まあ、あゆみは分からないことを自覚して聞いてくるだけマシだよ」と慰めになるんだかならないんだかみたいなことを言う。
そして「身体は心配だけど…質問が面白すぎて笑える」と言うのだが、私には私が私なりに社会的常識とされるものを守ろうとして真面目に聞いている質問のどこが面白いのか、それも分からない。
ま、面白がってもらえるなら、それはそれでいいか。ぐらいに思っているが。

失礼で良い職業

以前、会社でお昼を食べていたら前の席に座っていいですかと聞かれ、どうぞと言って本を読んでいたら後日冷たいと言われたということを書いた。

この前、その時と逆のシチュエーションで、その人がその時と同じ、私がが座っていた休憩スペースの席で、スマホをいじりながらお昼を食べているのを見つけた。
近づいていって「○○さん、座っていいですか?」と尋ねると、彼女はにやっと「座るだけですか? どうぞ」と答えた。
それで座って、「○○さん、元気ですか」「○○さん、忙しそうですね」とどうでもいいことを話しかけた。
彼女はスマホを置き、「はい、元気です」「忙しいのはみんなしょうがないですよね」と答えてきた。

「そっかー。そうやってやっぱりスマホ置いて顔あげるものなんだねー」と感心すると、「そりゃそうですよ。口先で相槌打ってても顔も上げないなんて」と言う。
そこで「そういやこの前、お医者さんの診察中、先生が何かPC画面見ながら入力してるときに話しかけたら、画面から目を離さず作業の手も止めずに答えが返ってきたんだけど。これって失礼? 私、『先生、ちゃんと顔あげて話してください。先生失礼ですよ』って言って良かったのかな?}と言ってみると、彼女の答えは。「医者はいいんです」
で、「なんで?」と聞いてみた。単純に「医者の方がえらい/力関係が強い」というだけの話であれば、私はこの彼女の上司なので、似たようなパワーバランスというか、じゃあ私も失礼でいいんじゃないの?と思ったのだ。
すると、彼女の予想外の答えは。
「医者っていうのはもともとみんな失礼なんです」

おお。そう来たか。
「医者なんて正確な医療情報提供してくれればいいわけで、丁寧さなんて求められてません」
それに対して「でも正確な医療情報を提供することと丁寧であることは両立するよね。どっちか選べって言われれば、そりゃ私も正確な医療情報提供する医者の方が、丁寧なだけの医者よりいいとは思うけど」と言ってみると、「医者なんて丁寧であることを要求されないし、それが当然と思ってますから、両立というかそもそもそういう発想がないんですよ」と言う。

まあ、昨今はそれでもお医者さんの対応というのも昭和の時代に比べればずいぶんと丁寧になったとは思うが。
でもそうだな、「もともと失礼がデフォルト」ぐらいに思っておけばいちいち気にならない、というのは面白い考え方だと思った。

座っていいですか

会社に休憩スペースのようなところがある。
テーブルやイスが置いてあって、ご飯を食べたりお茶を飲んだり一休憩するのに使っている。

この前、ここで本を読みながらお昼を食べていた。
すると、「ここ、座っていいですか?」と声をかけられた。
見上げると私のチームのメンバーだ。
空いている時間帯でほかに空きテーブルもあったので何もわざわざ私の前に座る必要もなさそうだったが、断る理由もないので「どうぞ」と言って伸ばしていた足をひっこめ、彼女は私の前に座った。
そのまま私は本を読み続け、時々彼女が話しかけてくると相槌を打って、お昼ご飯は終わった。

一昨日のことだ。
ほかの人も一緒に雑談していたとき、その彼女が「いやー、あゆみさん冷たいんですよ。この前お昼ご一緒していいですかって一緒に食べようとしたら、ずっと本読んでるんです。失敗したなー、座る場所間違えたなーって思いましたよ」と言う。
「えっ! お昼ご一緒になんて言わなかったよね? ここ座っていいですかって訊かれたよ」と答えると、「ここ座っていいですかって、一緒にお昼食べましょうっていう意味じゃないですか」と言う。
そんなバカな、それならそう言ってよ!と思ったのだが、聞いていた人たちは「わー、あゆみさんらしい!」「普通分かりますよね」「そりゃどう考えても一緒に食べましょうの意味です」と言う。

「じゃあ、蕎麦屋で知らない人が『ここいいですか?』って言ってきたらどうですか? それ、おしゃべりしましょうっていう意味ですか」と言うと、「それは相席の確認ですよ。違うでしょう、関係とか状況とか。行間読んでください」と言われた。

蕎麦屋で「ここ座っていいですか」と言われたら「どうぞ」と言っても本を読んでいいらしい。
会社の休憩スペースで「ここ座っていいですか」と言われたら、本を置いておしゃべりするのがマナーのようだ。
・・・みんな、どうやってこんなことを判断するのだろう。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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