縄跳び

この前実家に顔を出すと、母が久しぶりに十八番の「あんた(=私)は、子どもの頃から本当に変わってた」と言いだした。
「はいはい。どう変わってたの?」と言うと、「どうって言われても……。そうねえ、例えば保育園の頃、あんたクラスで最後まで縄跳び飛べるようにならなかったのに、飛べるようになったらクラスで縄跳び大会のチャンピオンベルトもらってたのよ」

……お母さん、それって「変わってる」例ですか?
むしろ「子どもの頃から努力家だった」と褒めて欲しいぐらいです。
発達障害のある人は協調運動障害(極端な運動音痴)を併発することが多いそうで、私も該当する。

この縄跳びは私自身覚えている。
どうやっても縄跳びを連続して飛べない。1回は飛べるのだ。回して、縄が来るところでぴょんと飛び越える。そこまでは出来る。
それで止まってしまう。次が続けて回せない。
なぜみんな出来るのに自分に出来ないのか、悔しかった。
一生懸命練習した。飛べなくても飛べなくても、一生懸命繰り返した。

その後飛べるようになってからクラスで縄跳び大会のチャンピオンベルトをもらったことがあるのは事実だ。これも覚えている。
ただこれも、どちらかといえば技術より根性だった。
たいていみんな、何十回か飛んでると飽きてくるので、いいかげんになってきてひっかかる。
私はこういうとき、異常な集中力を張り詰めるので、1回目に飛ぶときと同じ気の張り方で何百回でも飛ぶ。
ただ、楽しくない。「ひっかかってはいけない、ひっかかってはいけない」と、恐怖といってもいいほどの強迫観念で神経を張り詰めて飛んでいた。

それでもまあ、確かにクラスで飛べるようになるのが一番遅かった子が、チャンピオンベルトまでもらうぐらい飛べるようになったのだから、努力はした。そして努力は報われた。
けれども、同時に「努力で出せる成果には限界がある」ということも、すでにこの頃に知ってしまった。それも縄跳びだ。

このチャンピオンベルト、普通の前まわし飛びで引っかからずに何回飛べるかを競うものだった。
ここまでは努力と気力で何とかついてこられたのだ。

しかしその後、周りの子たちは、後ろ飛び、二重飛び、交差飛びなどどんどんと新しい難しい飛び方を覚えていく。
私も必死に練習した。だって、前まわし飛びは練習したら出来るようになったのだから。
練習すれば出来るようになるはずなのだ。

でも、出来なかった。
ついに出来るようにならなかった。
保育園の頃だけではない。小学校に入り、クラスで出来ないのは私だけになっても、もう努力と気力ではどうやってもみんなについて行かれなくなってしまっていた。惨めだった。

母は小学校で私がどれほど縄跳びを苦痛に感じていたか知らない。
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二次障害の出やすさ

発達障害のある人は、うつ病や適応障害など二次障害が出やすいと言う。
ストレス耐性が低い、らしい。
私も以前、メンタルクリニックの先生に「誰でも過度のストレスを受ければうつ状態になるのではないかと思いますが、私は二次障害なんですか?」と尋ねたことがあり、この時先生は「そうですね、あなたの場合は発達障害からくる二次障害でしょう」と答えた。
そのときは、ふーんそうなのかあ・・・とそれ以上追及しなかったのだが。

最近、やっぱり発達障害とうつ気分になりやすいことは関係あるのかなと思う。
それはむしろ「興味の狭さ」が原因ではないか。

発達障害のある人は興味や関心の範囲が狭いことが多いという。偏っているというのか、バランスを欠くというのか。
私も、ごく普通の社会常識的な話題の多くを知らず、これは雑談の下手さにもつながっていると思う。
ただし、興味が狭い分、そこに何かがはまると強い。放水するホースの先をつぶして面積を小さくした方が水流は同じでも水圧は強くなるだろう。あんな感じではないかと思う。
そういう場合には、「驚異的な集中力」「真似の出来ない行動力」「強固な意志」となる。他人の目なんか気にしないのだからなおさらだ。

が。
これは裏目に出ると、「考えを切り替えられない」「他人のアドバイスが聞けない」「我慢ができない」となってしまう。
つまり、失敗やストレスから気がそらせないのだ。しかも変に記憶力がいいので、何度でも脳内で再現してしまう。

自分で頑張れることはいいのだが、スルーしたり待ったりという「やりすごす」ことが苦手だ。
私の場合は、ストレスをためてしまうのは大体そんな状況のときだ。

気まずい、と感じる

私は空気を読まないからか、他人の気持ちへの想像力がないからか、あまり「気まずい」と思わないらしい。
(気まずいと思わないから空気を読まない発言をしてしまうのかもしれない)
「らしい」というのは、「それ、気まずくないの?」と言われても「なんで?」と思いながらも「こういうのを気まずいと感じるべきなのか」と理解しようとしているからで、言われない限りそもそも気まずいということがよくわからない。
苦手な人と間が持たなくて「気まずい」というようなのは感じるのだが、自分の発言で「気まずくなった」ようなことに鈍いようだ。

以前、メンタルクリニックでの診察の際に、先生から「10月末の学会で(私が困ってる問題に)詳しい人がいないか探してきてあげるから」と言ってもらったことがある。
だがその後、先生の処方箋ミスを発端に、電話で刺々しい物言いをしてしまい、それっきりだ。次回の診察の際にはその点については謝ろうと思っているが、まだ先だ。

「先生、学会でその方面にお詳しい先生はいらっしゃいましたか?」と尋ねたい。次回診察まで待つのがしんどい。メールしたい。
でも、この前刺々しい電話をしてしまって、それっきりだしなあ。
聞きにくいなあ。

と思って気がついた。
そうか、これが「気まずい」なのか。

気まずい、を実感できたのはありがたいのだが(?)、聞くに聞けない。
困った。気まずいって、こんなに困るものだったのか。

算数障害?

知的な能力に問題がないのに文字の読み書きが極端に苦手というディスレクシアは結構知られるようになったと思う。
同様に、知的な能力に問題がないのに算数が極端に苦手という算数障害というものがあるそうだ。
何年か前にこれを知ってから、実は自分はこれではないかと思っている。

ただ、WAIS(知能検査)で、算数関連の項目は悪くなかった。
また、「一桁の足し算も暗算では出来ない」とか、そこまで極端なものではない。

小学校の授業で初めて先生の言っていることがわからない、と思ったのは、分数の割り算の授業のときだった。

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障害児の親の責任

小2に飛び降り強要、小4両親に1千万円賠償命令という記事を読んだ。

小2の女児が縄跳びを振り回していたのに腹を立てた小4の女児が、マンションの9Fに連れていき、「飛び降りろ」と命じて飛び降りさせたという事件だ。
幸い女児は命を取り留めている。
3000万の損害賠償請求に大して、1000万ちょっとの賠償責任を小4女児の親に負わせたという判決だった。
で、この小4女児の方は強度の難聴、事件後に広範性発達障害と診断されたという。

これって、親の責任なのかなあ。親「だけ」に監督責任を負わせて済む話なのかなあ。

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プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。
子供の頃から対人関係が苦手、就職後も職を転々。40代に入り上司のパワハラに参ってしまったのをきっかけに精神科の門を叩き、発達障害と適応障害を診断されました。
もはや40代、会社勤めも一応は出来てる、今更発達障害と言われても……と思いつつ、この先の人生が少しでも楽に過ごせるように日々苦戦しながらいろいろ考えてます。

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