お医者さんのお薦め:発達障害者が会社でうまくやる方法

発達障害者の適職というと、現実離れしたものをあげられることが多い。
学者、作家、クリエーター、弁護士、医者、研究者、SE、プログラマー、陶芸家なんていうのもあったかな……
人付き合いがいらないというか、コミュニケーションが下手でも良いものということなのだろう。

正直誰しもがなれるものではないし、弁護士や医者なんて、その職業につくまでは成績がものを言うにしても、仕事自体は人と接するのが主要な仕事だよね。しかも言われない部分を読み取らないといけない。全然適職じゃないんじゃないの?
学者や陶芸家なんてなるのも大変だし、そもそも喰っていけない。

世の中の大半の人は結局特段の取り柄ややりたいことがなければ会社員になるのではないだろうか。
発達障害者にもそういう道が欲しい。(障害者枠という意味ではなく)

以前、いつものメンタルクリニックの先生にそんな話をしたことがある(以前の記事でもちらっと書いた)
すると先生はあっさりと、「会社員でも偉くなればいいんですよ。アシスタントや部下が配慮するところを手配してくれたり、接する相手の方が気をつかってくれるようになりますから」と言った。
んんん……先生、そこまでたどり着くのがハードルが高いんですが。

しかし、それは確かにその通りだと思う。
少なくとも他部署とのやりとりとか根回しとかが必要な際にはこういうことに気がつく部下がいるとありがたい。

ただ、はっきり物事を言いすぎる発達障害者は、今の世の中でははっきり部下に注意すると今度はパワハラだとか言われかねないので、対部下という関係では別種の注意は必要になる。
私は部下には「分からないことは何でも聞いてください。私の側の言葉が足りないのかもしれないし、質問に怒ったりはしませんから。分からないことをそのままにされる方が困ります。逆に私も内心思っているだけのことでは読み取りようがないので、言いにくくてもなるべく思っていることは言葉に出して教えてくださいね」と言っている。
でもまあ、奥ゆかしい部下(?)って、こういってもなかなか言ってくれないんだよねえ。

お医者さんは医療職の頂点だろうから他の医療スタッフにそんなに気を使わなくてもいいんだろうけど。
会社員ごときでは、多少部下やアシスタントがいても、やっぱり人間関係は難しい。
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カレンダーのケースの話の続報

先日、「障害者が作るものはレベルが低くて良いのか」という記事で、縦置きのカレンダーが横置きのケース(スタンド)に入っているというびっくり仰天な話を書いた。

しかし、いくらなんでもそんなことはないだろう。
思い起こせば私は超のつく、というか普通の人がどうしてそうなると驚くほどの不器用さと空間認識能力の低さを誇る(?)超絶発達凹凹(ボコボコ)。
これは、私が不器用というか理解できていないだけで、ちゃんと縦に立つものなのでは?

そう思って、家に来た友人にカレンダーを見せて、縦に立てられるかと尋ねてみた。
そうすると、なんと、驚愕の事実が判明した。

私「これ、縦置きのカレンダーですよね」
友人「はい、そうですねえ」
私「じゃあこれ、縦に立てられます?」
友人「え?(裏面のスタンドを見て首をかしげる)」
私「縦に立てられないように思うんです。横置きのスタンドじゃないかと」
友人「縦には立てられないです。でも、横にも立てられないですよ

えー!!!
確かに、横向きにする方向の左右に脚がついているので私は横向きと思ってしまったのだけれど、その左右の脚の高さが合ってない!
そんな馬鹿な、と二人でいろいろ脚を折ったり曲げたりしてみたけれど、どうやっても縦にも横にも斜めにもサカサマにも立たない!

友人「うーん、まあ、敢えて言うなら、この穴で吊り下げろっていうことですかねえ……」

謎の穴や凹凸はたくさんついているし、脚として機能しない脚も6カ所もついている。
ここまでくるともう謎としか言いようがない。
一体、このケースはどういう意図でデザインされて制作されたんだろう。

このオンラインショップに行って見てみると、この6本の脚のうちの1本を使って縦置きにしてある画像が置いてある。
しかし、この脚がその方向で固定できないんだよね。
もしかするとものすごい特殊な技術で固定できるのかもしれないけれど、私は超のつく不器用人間だが、この尋ねた友人はごく普通に器用な人だ。彼女が「出来ない」ということは、普通の人には出来ないのではないかと思う。


エージ アクリル フリースタンド 日本製 クリア Sサイズ幅18×高20.7cm AG-BSS-CL

※結局100均のこういうスタンドに立てかけて使っている。
こうなったらもうこのカレンダーはネタだ。

とりあえず謝るということ

最近の記事で「理由はわからないけれど怒られているらしいからとりあえず謝る」という話を書いた。

これは子どものころからの長年の経験によるところが大きい。
元々私は人の様子を見て取ることが下手だ。だから、私が「なんか怒ってるんじゃ?」と思った段階ではすでに相手は激怒している段階のことが多い。
そこで「何か怒ってる?」なんて聞いたらそりゃ火に油だ。

親に怒られても意味が分からなかった。分からないから「どうして怒ってるの?」と聞くと「自分で考えなさい!」とさらに怒られる。
考えて分からないから聞いているのだ。
考えても分からないから聞いているのにというと屁理屈ばかりこねると言われ、黙るしかない。
だけど黙っていると「なんで怒られてるのか分かった???」と言われ、ここで「分かった」と言ってもその説明を求められたら答えられないし、「分からない」と答えるとさらに怒られる。
かわいげのない子ね、強情な子ね、とよく言われた。
私にとっては地雷畑を歩いているようなものだ。いつかはどっかーんと来る。でも分からない。一歩一歩、抜き足差し足、おそるおそる進しかない。

とりあえず謝る、は、その段階にいくまでに相手の気持ちを和らげるという意味では比較的有効だ。
ただ、前述のように人の様子を見て取ることが苦手な私が気づく段階では、すでに相手はかなり怒っていることが多い。
だから、ここで「謝る」は「平謝りに謝る」だ。とにかく、理由が分からない以上、「言い訳をせず」謝ることが肝心。

でも不条理だなあと思う。
どうして怒っているなら怒っていると言ってくれないのか。
そしてなぜそれを察しないことでさらに怒られなくてはならないのか。

強情だと言われても、私は私なりに「理解できない理由でとにかく謝る」と最大限の努力をしているのに。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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