離脱症状体験記

お薬をやめたのが木曜日。
金、土、日と奈落の底に落ちるくらいの勢いでウツウツになった。あー、なんか来ちゃったよ、と思った。
月曜は急に煮えたぎるマグマのようになり、世の中全てに腹が立ち、会社でも何度か喧嘩しかけた。自分でもなんか変、まずいと思うのにコントロールが効かない。深呼吸しようとしても出来ない。おかしいと思い離脱症状かと思い至ったのだけれど、思いはしても治らない。
怒りモードで興奮したのか夜も2時間くらいしか寝られなかった。
今朝も朝から溶岩噴出活火山状態、憎しみで体がたぎりそうだった。
これはなんとかしないと、会社で喧嘩だ通勤で暴力沙汰だ。と、じぶんが怖くなるほどだった。
ところが、夕方から急に落ち着いた。
なんだったんだかという感じで、今はもうけろっとしている。
ほんとに、何だったんだろう。
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ありのままでいいのか。努力は必要ないのか

心理療法というかセラピーというのか、心の持ち方みたいなことが書いてある本を読むと「ありのままの自分を愛してあげましょう」とか「そのままの自分でいることが大事です」というようなことが書いてあったりする。
自分を肯定してあげよう、受け入れよう、余計な力を抜こうということなのだろう。

でも私は、こういう表現を見るたびに反発する。

本当にありのままでいいのか。自分のままで生きていかれるのか。

よほど恵まれた環境にある人は別として、たいていの人は社会で働いていきていくというのが一般的だろう。
そうすれば、それなりに社会の枠組みに自分を合わせなくてはいけない。普通の立ち居振る舞いが出来なくては不便だ。
これは、自然にそういうことが出来ない人にとっては、必死で訓練して努力して初めて辛うじてなんとかなるものではないか。
訓練や努力なんてすることはない、といってしまっては、社会に合わせることを諦めてしまっては、それは社会から脱落してしまわないか。

もちろん、そういう人も含めて受け止められる度量のある社会が望ましいとは思う。
でも、現実の社会を見たとき、私は「ありのままでいい」という考え方に反発を覚えざるを得ない。

これは「自分がこれほど努力して一見社会に適応してきた」という思いの裏返しの怒りなのかもしれない。

でも私は、やはり人間は向上心は努力が必要だと思うし、それは価値のあることだと思うし、だから「ありのままでいい」という言葉にはうさんくささを感じてしまう。

生活の中の難易度

駅で電車を待っていたら、つんつんと遠慮がちに肩をつつかれた。
振り返ると、外国人らしき二人連れが無言で手招きし、路線図を指す。〇〇駅という駅名を指して、ホームと電光掲示板を指すのだが、無言だ。
「〇〇駅に行きたいんですか」と英語で尋ねると、「そうです!」と急に声が出た。「〇〇駅に行きたいのですが、このホームに来る電車に乗れば着きますか?」と聞かれ、「このホームに来る電車はどれでも〇〇駅行きますよ。次の電車に乗れば大丈夫です」と教えてあげた。
「ありがとうございます!」と二人で声をそろえてお礼を言ってくれて、その二人連れはベンチの方へと歩いて行った。

ふと思ったのが、この外国人は「英語で話しかけると日本人が逃げてしまう」という経験を重ねてきたのではないだろうか。
それで無言のジェスチャー作戦。
実際に英語で話しかけられると逃げてしまう人というのはいる。知っているし目撃したこともある。
英語が出来る出来ないじゃなくて、別に日本語ででも教えてあげればいいのに。というか、逃げることはないのに。

2,3分後に電車が来た。
乗ろうと思って外国人を思い出し、「これに乗れば大丈夫ですよ」って指さしてにっこりうなずいてあげようとベンチの方を見た。
え、あれ。どの人だっけ。外国人ぽい人は一人いるけど、この人?
いや、考えてみれば電車が来ているのだからベンチに座っているはずがないか。もう電車の前かな?と思いベンチ近くの電車の前の人を見てみたけれど、やっぱり全く分からない。
ラッシュではなく、両手の指で数えられる程度だった。
それでも、2,3分後に会話まで交わした外国人二人連れという覚えやすい人がもう分からない。

おそらく、世の中の多くの人にとっては「とっさの英会話」の方が「2,3分前に話した人を見分ける」より難しいのではないだろうか。
でも私には全く逆だ。

私は仕事でも専門性の高いことをしているが、お茶出しは出来ない。
お茶出しをバカにしているわけではなく、出来ないのだ。難しすぎて。

そういうことを考えると、何が難しいか、何に困難を感じるかは人それぞれだよな、と思う。
世の中で簡単と思われていること、難しいと思われていることがみんな同じに感じるわけではない。

なんでこんなことを書いているかというと、障害者手帳や障害年金の「生活の難易度」では、社会生活の方が日常生活より難しいと定義されているというか、会社員が出来ていれば日常生活は出来るはず、という前提を感じるからだ。
私にとっては仕事よりも日常生活の方がよっぽど難しいのに。

お医者さんのお薦め:発達障害者が会社でうまくやる方法

発達障害者の適職というと、現実離れしたものをあげられることが多い。
学者、作家、クリエーター、弁護士、医者、研究者、SE、プログラマー、陶芸家なんていうのもあったかな……
人付き合いがいらないというか、コミュニケーションが下手でも良いものということなのだろう。

正直誰しもがなれるものではないし、弁護士や医者なんて、その職業につくまでは成績がものを言うにしても、仕事自体は人と接するのが主要な仕事だよね。しかも言われない部分を読み取らないといけない。全然適職じゃないんじゃないの?
学者や陶芸家なんてなるのも大変だし、そもそも喰っていけない。

世の中の大半の人は結局特段の取り柄ややりたいことがなければ会社員になるのではないだろうか。
発達障害者にもそういう道が欲しい。(障害者枠という意味ではなく)

以前、いつものメンタルクリニックの先生にそんな話をしたことがある(以前の記事でもちらっと書いた)
すると先生はあっさりと、「会社員でも偉くなればいいんですよ。アシスタントや部下が配慮するところを手配してくれたり、接する相手の方が気をつかってくれるようになりますから」と言った。
んんん……先生、そこまでたどり着くのがハードルが高いんですが。

しかし、それは確かにその通りだと思う。
少なくとも他部署とのやりとりとか根回しとかが必要な際にはこういうことに気がつく部下がいるとありがたい。

ただ、はっきり物事を言いすぎる発達障害者は、今の世の中でははっきり部下に注意すると今度はパワハラだとか言われかねないので、対部下という関係では別種の注意は必要になる。
私は部下には「分からないことは何でも聞いてください。私の側の言葉が足りないのかもしれないし、質問に怒ったりはしませんから。分からないことをそのままにされる方が困ります。逆に私も内心思っているだけのことでは読み取りようがないので、言いにくくてもなるべく思っていることは言葉に出して教えてくださいね」と言っている。
でもまあ、奥ゆかしい部下(?)って、こういってもなかなか言ってくれないんだよねえ。

お医者さんは医療職の頂点だろうから他の医療スタッフにそんなに気を使わなくてもいいんだろうけど。
会社員ごときでは、多少部下やアシスタントがいても、やっぱり人間関係は難しい。

カレンダーのケースの話の続報

先日、「障害者が作るものはレベルが低くて良いのか」という記事で、縦置きのカレンダーが横置きのケース(スタンド)に入っているというびっくり仰天な話を書いた。

しかし、いくらなんでもそんなことはないだろう。
思い起こせば私は超のつく、というか普通の人がどうしてそうなると驚くほどの不器用さと空間認識能力の低さを誇る(?)超絶発達凹凹(ボコボコ)。
これは、私が不器用というか理解できていないだけで、ちゃんと縦に立つものなのでは?

そう思って、家に来た友人にカレンダーを見せて、縦に立てられるかと尋ねてみた。
そうすると、なんと、驚愕の事実が判明した。

私「これ、縦置きのカレンダーですよね」
友人「はい、そうですねえ」
私「じゃあこれ、縦に立てられます?」
友人「え?(裏面のスタンドを見て首をかしげる)」
私「縦に立てられないように思うんです。横置きのスタンドじゃないかと」
友人「縦には立てられないです。でも、横にも立てられないですよ

えー!!!
確かに、横向きにする方向の左右に脚がついているので私は横向きと思ってしまったのだけれど、その左右の脚の高さが合ってない!
そんな馬鹿な、と二人でいろいろ脚を折ったり曲げたりしてみたけれど、どうやっても縦にも横にも斜めにもサカサマにも立たない!

友人「うーん、まあ、敢えて言うなら、この穴で吊り下げろっていうことですかねえ……」

謎の穴や凹凸はたくさんついているし、脚として機能しない脚も6カ所もついている。
ここまでくるともう謎としか言いようがない。
一体、このケースはどういう意図でデザインされて制作されたんだろう。

このオンラインショップに行って見てみると、この6本の脚のうちの1本を使って縦置きにしてある画像が置いてある。
しかし、この脚がその方向で固定できないんだよね。
もしかするとものすごい特殊な技術で固定できるのかもしれないけれど、私は超のつく不器用人間だが、この尋ねた友人はごく普通に器用な人だ。彼女が「出来ない」ということは、普通の人には出来ないのではないかと思う。


エージ アクリル フリースタンド 日本製 クリア Sサイズ幅18×高20.7cm AG-BSS-CL

※結局100均のこういうスタンドに立てかけて使っている。
こうなったらもうこのカレンダーはネタだ。

プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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