とりあえず謝るということ

最近の記事で「理由はわからないけれど怒られているらしいからとりあえず謝る」という話を書いた。

これは子どものころからの長年の経験によるところが大きい。
元々私は人の様子を見て取ることが下手だ。だから、私が「なんか怒ってるんじゃ?」と思った段階ではすでに相手は激怒している段階のことが多い。
そこで「何か怒ってる?」なんて聞いたらそりゃ火に油だ。

親に怒られても意味が分からなかった。分からないから「どうして怒ってるの?」と聞くと「自分で考えなさい!」とさらに怒られる。
考えて分からないから聞いているのだ。
考えても分からないから聞いているのにというと屁理屈ばかりこねると言われ、黙るしかない。
だけど黙っていると「なんで怒られてるのか分かった???」と言われ、ここで「分かった」と言ってもその説明を求められたら答えられないし、「分からない」と答えるとさらに怒られる。
かわいげのない子ね、強情な子ね、とよく言われた。
私にとっては地雷畑を歩いているようなものだ。いつかはどっかーんと来る。でも分からない。一歩一歩、抜き足差し足、おそるおそる進しかない。

とりあえず謝る、は、その段階にいくまでに相手の気持ちを和らげるという意味では比較的有効だ。
ただ、前述のように人の様子を見て取ることが苦手な私が気づく段階では、すでに相手はかなり怒っていることが多い。
だから、ここで「謝る」は「平謝りに謝る」だ。とにかく、理由が分からない以上、「言い訳をせず」謝ることが肝心。

でも不条理だなあと思う。
どうして怒っているなら怒っていると言ってくれないのか。
そしてなぜそれを察しないことでさらに怒られなくてはならないのか。

強情だと言われても、私は私なりに「理解できない理由でとにかく謝る」と最大限の努力をしているのに。
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プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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