fc2ブログ

発達障害東京一人暮らし

40代で発達障害の診断を受けたいわゆる大人の発達障害です。クローズ(障害については言わない)で会社員をしています。(旧「大人の発達障害:40代で会社員で今さら発達障害です」)

土曜日はあっというまに終わる

朝起きて洗濯して朝ごはん食べて写真のレッスンに行って帰ってきてお昼ご飯食べて別の習い事に行ってその後お茶して時間を調整してからカウンセリングに行ってウォーキングで約3kmを歩いて家近くまで戻ってきて一人飲みしてちょっと食べ過ぎな感じで帰ってきた。
盛り沢山なような、でもあっというまに終わってしまった。
明日はどうするか、まだ決めていない。
本当は先週中に締切だった仕事があって、催促もかけられていて、週末になんとかしようと思っていた案件がいくつかあるのだけれど、PCさえ開いていない。週末まで仕事できないよ。
明日もたぶん仕事はしない。だけど、忙しく遊んで過ごしたとしても暇に過ごしたとしても、やっぱり月曜日が来るのは憂鬱だと思うのだろう。
6月は1日ぐらい休みを取ってどこか行こうか。
でも、月曜の朝と金曜の夕方に毎週ミーティングが入っているので、週末とつなげての休みにしにくいんだよね…。
スポンサーサイト



やっと金曜日

毎日毎晩愚痴ばかりですみません……。もう完全に愚痴ブログ。

やっと1週間が終わった。
今週も長くて長くてしんどくてもう働くのが嫌で。
今の仕事は私の狭い適性に合っていて、それなりに重宝されていて、感謝するべきだと思う。というか、感謝してはいる。
だけど、もう働くのが嫌なんだよ。それなりに重宝されているとはいっても、仕事なんてやりがいよりしんどいことの方がはるかに多い。
さらに言うなら、働くのがこんなに嫌なのに、そこまでして働いて生きていかないといけないのかと考えると、そこまで頑張って生きていく意味も目的も見いだせないというか。
未成年の子どもでもいれば、石にしがみついてでも働くし、お金を稼ぐことにも意味が見いだせる気がするけれど。

今、(買ってないけど)宝くじが10億円ぐらい当たって、お金のために働く必要がなくなったとする。
即効、仕事は辞めるだろう。でも、それでどうする? と考えると、別にしたいこともない。旅行したり写真撮ったりするかもしれないけど、あくまで趣味。
人と話すこともなくなり、出かけることもなくなり、ご飯もお風呂も買い物も通院も面倒になって孤独死まっしぐら。という気がする。

でも、なんかもうそれでいいんだよね……。
特に生きていないといけない理由もないんだし、家でぼんやりごろごろだらだらしながら、苦しくなく怖くなく自然に終われれば……。
発見されるのが遅くて周囲に迷惑をかけたら申し訳ないけど、でもそのときもう私は分からないわけだし。マンションの住人の皆様、マンションの資産価値下がったらごめんなさい。

で、仕事の話だけど、なんか例えて言うなら、パイロットとして働くはずだったのに、いつの間にか管制塔で働くことになっていたような感じで、確かにこれはこれで必要な仕事なのだろうし責任もあるのだけど、でもこんなはずじゃなかった感というか……。

平日の5日はこんなにも長いけど、週末の2日はあっというまだ。
明日は予定が朝から晩まで詰まっていて、日曜日はダラダラするか、どこか車で出かけるか、悩むところだ。今のところだらだらしたいのだけど、それはそれで「もったいないお休みの使い方をしてしまった」と後悔するんだよね。出かけたら出かけたで「のんびりすれば良かった」と後悔するのだから、結局同じだけど。

痛いのや苦しいのは嫌だと思った

昨夜、出張からの帰り道で。人通りのない暗い夜道を歩きながら、通り魔でも出て刺されたりして~なんてことを思った。
(実際には治安の良い地域だし、そもそも通り魔は人が多いところを狙うだろうというツッコミはなしで)

刺されてしんじゃったりして、と思って、そしたら楽だな、と思った。
楽だなというのは、自分で〇にたいもう〇んでしまいたいと言いながら、実際にはそんな行動力も決断力もないので思っているだけで、でも思っていることに疲れていて、だから自分で実行するのではなくて誰かが強制終了してくれるなら楽だなという意味。

でもそう思ってから「いやいや。刺されて痛いのとか、道端に倒れて苦しみながら〇ぬのとか嫌だし」と思って、打ち消した。

だけど、家に帰ってきてからふと思った。
私は「刺されて〇ぬ」という状況を想像したとき、「痛いのや苦しいのは嫌」と思ったけど、〇ぬこと自体を嫌だと思ったわけではなかったな、と。

先生の謎の基準

結局私が留守電を入れてから1週間も経ってから先生からの折り返しがあったのだけど、先生は「先週はバタバタして写真の話どころじゃなかった」とのこと。私にとってはオオゴトだったので、写真の話どころではと言われるとちょっとかちんときたけど、緊急で入院先を探したり、普段行わない往診対応を行ったり、大変だった模様。そりゃまあ、写真の話どころではなかったか……。

で、ブロ友さんから「どこが悪かったのか聞いてみたら良いのでは」とアドバイスをもらっていてそれはそうかもと思っていたところだったので、先生に聞いてみた。
すると先生は「別に悪いということじゃないんだけど、分からなかったっていうことかな。まあ、感性のものだしね」と分かったような分からないような(やっぱり分からない)。
そして先生は、「写真はあんまりいないけど、患者さんで絵を描く人は多くてね。よく描いた絵を見る機会があるけど、褒めるのは小学生ぐらいまでかな」と言った。

え。なぜ?

そりゃ、「これは素晴らしい。プロになれるよ。絵の仕事してみたら?」みたいなことは軽々しく言うわけにはいかないだろう。
絵(や写真やアート)を仕事にするというのは、障害があってもなくても大変なことで、というより趣味の延長では無理だろう。今私が教えてもらっている写真の先生を見ていてもそう思う。
でも、褒めるぐらい褒めても良いのでは? 
私だって別に先生に「いい写真だね!」と言ってもらったとしても、嬉しくは思っても、「じゃあ写真家として喰って行こう!」なんて考えたりはしない。
たいていの人は、それはわきまえているのでは?
楽しんでいる趣味を先生に話してみたいだけでは?

小学生までしか褒めないって、どうしてだろう。
次回診察時に覚えていたら理由を聞いてみようか。

本が読めない

今日は出張で、久しぶりに新幹線に乗った。
私の移動時の時間の過ごし方は基本的に読書なので、出張時にKindleを持っていくのは過去出張が多かった時期の習慣で、今日も久しぶりの出張だったけどKindleを荷物に入れておいた。読もうと思っていた本をDLし、Kindle本体の充電もばっちり。
新幹線に乗り、本を読み始めて、ふと目を上げてぼーっと車窓を眺めた。
しばらくしてまた本を読み始め、それからまたぼんやりと外の景色に目をやった。
……読書が続けられない。

私は文字を読むのは得意で、それを負担に感じたことはない。DLしておいた小説は軽めの小説で、前にも何冊か読んだことがある作家さんの作品で、ある程度面白いだろうという予想もつき、読みやすい文章で、つまりは読むのに疲れるような本ではない。
なのに、読み続けられない。

メンタル的に不調というのはあるかもしれないけど、今日思ったのは「歳を取ったんだな」ということだった。
年齢を重ね、体力が落ちたように、読書ですら気力がもたなくなってきているのだろう。

夜になると「〇にたい」と思う日が多いのだけど、これももう、気力のエネルギーが一日もたなくなってきているのではないだろうか。
古いスマホのバッテリーのもちが悪くなっていくように、私のエネルギーももう1日もたない状態なのでは。

出来ないことが増えて、疲れが増して行く。
これが一時の症状なら良くなる可能性もあるけど、加齢によるものだったら良くなる見込みはないわけで、考えるだけでしんどい。

 | HOME |  »

プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

ランキング

広告

QRコード

QR