数学教室に行ってきた

中学数学の個人レッスンに行ってきた。
思い立ってカウンセリングを申し込んだときに担当してくれた責任者は今一つ熱意のない感じだったのだけれど、幸いなことに私の担当になる先生は別の人だった。まだ学生さんのバイトかな、という感じの若い先生で、言葉にも詰まりながらなのだけれど、それでもきっとこの先生は数学が好き(あるいは数学を教えることが好き)なんだろうなというのは伝わってくる(専門は数学ではないそうだが)。

まずは算数の復習からということで、さすがに算数は問題ない、と思いながら聞いていたのだけれど、実は私はもうすでに分数の計算の時点で怪しいということが判明した。
もちろん計算の仕方ぐらいは覚えているので計算ができないわけではないのだけれど、自信がない。

そして、小学校の時、最初につまずいた分数の割り算。
これは先生が丁寧に説明してくれた。
もちろん、逆にして掛ける、と言う方法は覚えているので計算はできる。答えも合う。
でも、ある数を2で割ることと2分の1を掛けることが同じであるということを知って、というか感覚的にはもちろんわかっていたのだけれどそれを証明されて、1分の2である2で割ることは2分の1を掛けることと同じなのだと、なんか初めて納得できた。
そうであれば5分の2で割ることは2分の5を掛けることだというのは腑に落ちる。

中学数学をマスターできるかどうかはわからないけれど、少し勉強してみようかな、と思った。

ちなみにカウンセリングに行った際にこの話をしたら、やはり数に問題を抱える発達障害者は多いらしい。
そのカウンセラーのクライアントにも3年習っていてまだ一次方程式がどうしてもわからない人がいるそうだ。
私は3年は頑張れないだろうなあ。なんとかもう少し短期間でわかってる感というか達成感が欲しい。
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意味の分からない質問

メンタルクリニックの通院はしない方向で頑張りたいのだけれど、睡眠薬だけ必要で、できたらもう今更新しいメンタルクリニックに行くよりも今までのところで引き続きお願いしたい(精神科の初診は長くて大変。そして内科では睡眠薬はまとめて出してくれない)。前記事で書いた「先生への電話」の中でお薬だけ出してもらえないか尋ねてみると、「じゃあこれで電話診察ということにして処方箋だけ出しておくので受付で受け取ってください」と言われた。
(この先生は結構真面目に「顔も見ずにお薬は処方できない」というタイプなのだけれど、多少は融通を利かせてくれることがある。飲み慣れてるお薬だし、私はお薬のトラブルを起こしたこともないし)

で、診療開始時間までに処方箋を出しておいてくれるということだったので、受け取りに行ってきた。診療開始後1時間後ぐらいだ。
受付で「あゆみですが、処方箋だけ受け取りにきました」と言うと受付の人から「少々お待ちください……あれ、あゆみさん、本日ご予約入っていませんが」と言われた。それで「いえ、診察でなくて、処方箋だけ受け取りに来たんです」と言うと、「そうですか」と書類を調べてくれたが処方箋が出ていなかった。
すると、「処方箋についてはは先生とお話し済みですか?」と尋ねられた。

……あのう、先生と話もせず、いきなり処方箋受け取りに来るとでも?

常々不思議なのだが、なぜこう世の中の人というのは当然わかるというか、聞く意味がないというか、確認する必要がないことをわざわざ尋ねるのだろう。
「え?……はい、もちろんです」と答えたのだけれど、質問の意図がよく分からなかった。

結局ただの先生のミスだったようで、受付から先生に連絡してもらい、無事処方箋は発行されたのだけれど。
こういう些末なことがどうも釈然としない。

反論

今結局私は通院はしない方向で頑張っているのだけれど、先日用事があってメンタルクリニックの先生に電話した。
近況を聞かれた際に、再婚の予定を聞かれた。
「えっ? 先生、何ですか、それ。私の状況ご存じですよね? どこからそんな発想が出てくるんですか? ありえません」と言ったのだが。

今日会社で友人にその話をした。
「いろいろわかってくれてる先生だと思ってたのに、全くもう信じられないよ」

すると友人が「先生はわざと言ったんじゃないの?」と言うのだ。
「どういうこと?」と尋ねると、「『あー、反論してきた。あゆみさんらしいわ。これなら大丈夫』って思ったんじゃないの」と。
それは深読みしすぎだと思うが、それにしてもこの状況で反論するのは私からすれば当然だ。
それでその友人に「じゃあ〇〇ならどう答えるわけ?」と尋ねると、彼女は「いやいや、先生、まさか……」って言ってへへへって笑うかな、と。
「それじゃどっちかわからないじゃん。曖昧だねー」と言うと、逆に「あゆみらしいねー、きっぱり派だね」と言われた。

「わざと言った」はないと思うけれど、友人の「自分だったらこう言う」という答えは参考になった。
なるほどねえ。食ってかかるよりそうやって流した方がそりゃオトナだよね。
……でも、ムカッと来たんだもん。

カウンセリングのトピック

この前カウンセリングに行ったときは、母との付き合い方について尋ねた。
私の母はなんというか、過干渉なのだ。
「心配だから」と私のためモードのときもあれば「ほかにメールしてくれる人いないし」(←そんなことはない!)と寂しさ前面モードのこともあるのだが、とにかく何のかんのと、私が何をしても何をしなくても「もっとああすれば」「それはこうしないと」「そんなのだめよ」と絶対に満足してくれない。
例えば、朝早く出勤しているときに「朝ご飯食べてるの」と聞かれ、「時間なくて。食べたり食べなかったりだね」と言えば「朝ごはんしっかり食べないとダメよ」と言う。ここで「大人の場合は、食べるのがいいという説と食べなくてもいいという説があるんだよ」などと言っても絶対に自分の価値観は変えない。次に聞かれたときに「うん、会社の近くまで行ってから食べてる」というと「朝から外食なんてダメよ」と言う。自宅で食べる時間が出来て「家で食べてるよ」と言っても「何を食べてるの」と聞かれ「パンとコーヒーぐらいだけど」と言うと、バランスが悪いと言う。「あ、フルーツは大体食べてる」と言えば今度は「フルーツは果糖が多いから気をつけなさい」

ああ。苦しい。こうやって一つぐらい書くと「どこの家でも」とか「母親なんてそんなもの」と言われそうだが、親しい友人たちには「あゆみの家の過干渉さはすごいよね……」と言われるので、やはりそうなんだと思う。とにかく一事が万事この調子だ。
スルーしようにも、メールに2日ぐらい返信しないと「心配するので返事ぐらいください」と催促がかかる。

カウンセラーに言うと「そういう人、意外と多いんですよ」と言った。そうらしい。こういう系統の本は最近多い。
「母に悪気がないのはわかるんです。今更母は変わらないでしょうから、受け流す方法を知りたいんです」と言ったのだけど、なかなか妙案が出てこない。
でも、「つい、悪いかなって思うので反応しちゃうんです」と言うと「優しいですね」と言われて意外だった。

うまく伝わるかわからないのだが、私は「母が望む方向に応えない」ことを自分が優しくないとは思っても、母が望む方向に応えようとすることを自分が優しいことだと思ったことがなかった。

優しくなくてもいいのかなあ。
そう思う反面、もう70も後半の母に、優しくしたいという思いもある。

カウンセリングは具体的な解決策をくれないことが多い。
「よくあることなんですよねえ」なんて言われているうちに事態が急展開し、カウンセリングどころではなくなることもある。離婚のときがそうだった。カウンセラーに「元夫がこうこうで、私としてはストレスがたまって、どうしたらいいんでしょう」なんて言っている間にあれよあれよと別居→離婚のスピード展開だった。
(どんなカウンセリングを受けるより、離婚して自由になった方がすっきりしたので、変にカウンセラーで我慢する方法を教わるより良かったのかもしれないが)
なので、カウンセリングは即役に立つとか実践的ではない部分もあるのだけれど。
(もちろん即役に立つ実践的な方法論を教えてもらうこともある)

でも、カウンセリングに行くとほっとする。
もう3年もほぼ毎月話をしている臨床心理士だが、私は彼女のプライベートを何一つ知らない。何一つ尋ねない。
一方的に愚痴って相談してアドバイスをもらって、時に泣いて、そういう一方通行の関係に罪悪感を持たなくて良い。
とても気が楽になる。

凸凹の凹

発達障害があってもなくても、人はやっぱり得意なことをするのが楽しいし、うまくいくと思う。
もちろんいろいろなことがまんべんなくできるにこしたことはないし、子どもの頃はトライや努力も大事だとは思うのだけれど、でも大人になってまで、ねえ。
ましてや能力の凸凹の大きい発達障害者の場合、苦手分野でへこんでコンプレックスばかり膨れ上がるより、得意なことで自信を持てた方が絶対に良いと思う。

……というのを信条というのか言い訳というのか、まあそういう方針で今までの人生を生きてきた。

しかぁし。
今、すごいことに挑戦しようとしています!(すごいこと=当人比です)

久しぶりに何か習い事でもしようかと思った。
「これがしたい」というものがあるわけでなく、なんとなく習い事がしたいな、何をしようかな、という順番でネットを検索した。
今更ゴルフや英会話でもないしなあ。お料理も無理がある。ピアノは憧れだったけど今のマンションは楽器禁止。陶芸か、座禅とかか、それともまたスペイン語でもやってみようか。へー、ボルダリングとかも習えるんだ。

と、漠然と探していた中にあったのが、「大人の数学教室」

私はもう、中学生の頃から数学が苦手だった。それも超のつく苦手だ。
中学時代は他の主要教科は5段階の4か5。数学だけ3だった。
これが高校生になると、他の主要教科は10段階の8か9。数学だけ3だった。10段階の3だ。そしてこの10段階評価、1や10はまずつかない。事実上、学年での最底辺だ。
これで他の教科も悪いのなら知的な問題だと思える。だけど、数学「だけ」あまりにもバランスを欠いて悪いのだ。

高校は2年の夏から3年の夏まで留学していたので、高校でやった数学は数I止まり。それでその体たらくだ。
大学は数学不要の私立文系を選び、その後の仕事も数字からは逃げながら生きてきた。

でも、突然、「数学、やってみたいな。分かったら、この苦手意識が消えたら、うれしいな」と思った。
それで、そこに問い合わせてみた。
「たぶん、そちらで対象とされている方々よりもレベルが低いと思うのですが、かまわないでしょうか」と。
(個人レッスンもしているところだが、クラス形式の授業は高校生以上の内容のみ)

「どうぞ。とりあえずお話おうかがいしましょう」と返事が来た。
人生で初めて、わくわくしながら数学の相談に行ってくる。

と、ここまで書いて思ったのだけど、この「一大決心をしてそれまでずっと苦手だったことに挑戦する」というのは何か記憶にひっかかる。覚えがある。デジャヴ。
……水泳か!
そうだ、水泳は「25m綺麗なクロールで泳げるようになる」を目標に、これもマンツーマンレッスンで1年以上毎週通い、それなりに自主練もし、結局達成できずに私のコンプレックスは深まったのだった……。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。
子供の頃から対人関係が苦手、就職後も職を転々。40代に入り上司のパワハラに参ってしまったのをきっかけに精神科の門を叩き、発達障害と適応障害を診断されました。
もはや40代、会社勤めも一応は出来てる、今更発達障害と言われても……と思いつつ、この先の人生が少しでも楽に過ごせるように日々苦戦しながらいろいろ考えてます。

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