状況が変われば考えも変わってしまう

前の会社にいた頃、障害者雇用について結構真剣に考えていた。
自分がこんな障害抱えて生きてきたのも何かの意味があるのかもしれない、障害者雇用の方面で何か役に立てることはないだろうか、と。実際社内で手を挙げたこともある。なかなか叶わなかったのだけれど。

転職して、今猛烈に忙しい。
人数的には障害者雇用を考えなくてはいけないのだけれど、人事はまったくやれていない。私が手を挙げれば喜んで回してくれるだろう。
しかし、今私が内心思うのは「今年は雇用率未達成でもまだ大丈夫だよね……この会社のこの状況で障害者働けないよね。周りにそんな余裕ないよね」ということだ。
実際私に余裕がない。
そうすると前職では真面目に考えていたはずだった、というようなことですら、逃げ腰になってしまっているのだから。
障害者雇用、やっぱり大会社でないと難しいのかなあ。

というわけで(?)、今回は別の観点からメンタルクリニックの先生に迫ってみようかと思っている。
「先生、今の勤務先、法定雇用率達成できそうにないんです。労基署から指導入ってつぶれたら困ります(←よほど悪質でない限り普通はないけど)。ですが私が障害者手帳を持てば解決です。先生、雇用先を維持するために障害者手帳申請したいです」

これならどうだろう。
障害者手帳、やっぱりいろいろメリットがあるみたいなので取れるものなら取りたいと思っているのだけれど、過去に先生に希望したときには却下されている。
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「逃げ」か「上手に使う」のか

カウンセリングに行ってきた。
最近の出来事として、ついに念願の(?)電動アシスト自転車を買った話をした。
いや、これが本当に驚くほどの快適さなのだ。これはすごい。本当にすごい。
運動をするという目的からは全然外れてしまった気がするが、もう文句がつけようがないぐらい快適だ。それに運動がてら買ったはずのシティサイクルも坂がしんどくて乗らなくなってしまっていたのだから全然運動になってないし。それなら外を走るだけの意味でも……という言い訳はともかくとして、とにかくとても快適だ。

それから会社で使い始めたノイズキャンセラーもすごく快適で集中できるという話もした。

するとカウンセラーは、「あゆみさんは、そういうものを利用するのがとても上手ですね。行動も早くて実行力がある。そうやってどんどん使えるものを使っていったらいいと思います」と言ってくれた。

良かった~
なんというか、たぶんそれが私が聞きたかった言葉な気がする。
というのも、私はテクノロジーで「楽をする」ことを逃げのように感じる部分があるからだ。たとえば周りの雑音が気になるのも、「周りの人は同じ環境で仕事出来ているのに、なんで自分は集中できないんだ」と思ってしまうので、そこでノイズキャンセラーを使うことをズルをしているように感じる。
電動アシストもそれほど快適なのに、これじゃ運動には全然ならないなあ、結局私って怠け者で大変なことはやりたくないんだよね、と思っていた。

使えるものは使っていいし、それは行動力がある(とも言える)わけで、そっか、それでいいのか。

以前、運動習慣がなくてジムのパーソナルレッスンを受けていた頃に、友人から「あゆみさんはダイエットまでお金で解決しようとする」と言われたことがある。
そのときは本当に恥じ入った。自分が情けなくてしょうがなかった。そうだよ、こんなの人に頼ることじゃないよ、どうして自分で出来ないんだよ、と。

でも、もうそれでいいじゃないの。
出来ないことは出来ないわけで、そりゃ自分で出来るにこしたことはないけれど、出来ないものを出来ないままに放置するよりはテクノロジーだってお金だって使えばいい。
これもQOLだよね。というか、これこそがQOLかな。

感情の乏しさと記憶力の良さ

私はどうも感情の起伏に乏しいらしい。
確かに自分でも人と話していると、私って冷淡だなーとか感情が薄いなーとか思ったり、そもそも何が問題なの?と分からなかったりすることがある。
なので、たぶん私の生活というのは、普通に喜怒哀楽のある人(?)と比べて、淡々としたものだと思う。

反面、私は記憶力が良い。
言葉や出来事というだけではなく、その時の感情まで鮮明によみがえる。
ウン十年前の保育園時代の出来事でも思い出すと当時の感情そのままによみがえる。

思うのだけど、私の感情の平坦さは自己防衛反応なのではないだろうか。
激しい感情が風化せずにずっと維持されてしまうのでは、いちいち日々の出来事に感情を動かしていてはたまったものではない。
だから、なるべく感情を持たないように、潜在意識で調整しているのではないだろうか。
嬉しい記憶や楽しい気持ちだけ選んで残せれば一番なのだが。

こんなことを思うのも、私には「時が薬」という言葉が効かないからだ。
しんどい体験は、どれだけの時が経っても薄まらない。しんどいままだ。
こんな記憶力、いらなかったのになあ。

先生心配。いえ、患者がもっと心配です。

いつものメンタルクリニックで出してもらった処方箋を持ってクリニック近くの行きつけの処方薬局に行った。

出てきたお薬が違う。
「あのう、錠剤じゃなくて液剤でお願いしているんですけど」と言うと、薬剤師さんがクリニックに電話してくれて液剤に変更してくれた。つまり処方箋が間違っていた。

で、出てきたお薬がやたら多い。
いつも1日一回なのに三回の処方箋になってる!
本当にすみませんと言いながらもう一度薬剤師さんから確認してもらうと、足りなかったら適当に調節して飲めるように多めにだしたということだったので、もういいやと思ってそのまま受け取った。でも調節用に3倍って明らかに変でしょ。絶対本当は間違えたんだと思う。

この先生、よく間違えるのだ。

薬剤師さんにこそっと、私この先生によく間違えられるんですけど、私だけでしょうか?と聞いてみると、薬剤師さんはこそこそっと、いえ多いんです。毎回同じお薬の人でも間違えられたりします、と・・・。

先生、そうは言っても向精神薬です。
しかも知的障害とか自分でお薬の判断のつかない患者もいるわけです。
みんながみんな、私みたいにきっぱりはっきり言えるわけではありません。
もうちょっと注意して処方して下さい。

まあ、お医者さんとはいえ任せっぱなしではいけない、何事も自己責任と考える機会をもらったと思っておくか。

お医者さんのお薦め:発達障害者が会社でうまくやる方法

発達障害者の適職というと、現実離れしたものをあげられることが多い。
学者、作家、クリエーター、弁護士、医者、研究者、SE、プログラマー、陶芸家なんていうのもあったかな……
人付き合いがいらないというか、コミュニケーションが下手でも良いものということなのだろう。

正直誰しもがなれるものではないし、弁護士や医者なんて、その職業につくまでは成績がものを言うにしても、仕事自体は人と接するのが主要な仕事だよね。しかも言われない部分を読み取らないといけない。全然適職じゃないんじゃないの?
学者や陶芸家なんてなるのも大変だし、そもそも喰っていけない。

世の中の大半の人は結局特段の取り柄ややりたいことがなければ会社員になるのではないだろうか。
発達障害者にもそういう道が欲しい。(障害者枠という意味ではなく)

以前、いつものメンタルクリニックの先生にそんな話をしたことがある(以前の記事でもちらっと書いた)
すると先生はあっさりと、「会社員でも偉くなればいいんですよ。アシスタントや部下が配慮するところを手配してくれたり、接する相手の方が気をつかってくれるようになりますから」と言った。
んんん……先生、そこまでたどり着くのがハードルが高いんですが。

しかし、それは確かにその通りだと思う。
少なくとも他部署とのやりとりとか根回しとかが必要な際にはこういうことに気がつく部下がいるとありがたい。

ただ、はっきり物事を言いすぎる発達障害者は、今の世の中でははっきり部下に注意すると今度はパワハラだとか言われかねないので、対部下という関係では別種の注意は必要になる。
私は部下には「分からないことは何でも聞いてください。私の側の言葉が足りないのかもしれないし、質問に怒ったりはしませんから。分からないことをそのままにされる方が困ります。逆に私も内心思っているだけのことでは読み取りようがないので、言いにくくてもなるべく思っていることは言葉に出して教えてくださいね」と言っている。
でもまあ、奥ゆかしい部下(?)って、こういってもなかなか言ってくれないんだよねえ。

お医者さんは医療職の頂点だろうから他の医療スタッフにそんなに気を使わなくてもいいんだろうけど。
会社員ごときでは、多少部下やアシスタントがいても、やっぱり人間関係は難しい。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。「発達障害のわたしのこころの声」(学研)の著者です。
本には書けなかったこと、本を出してからの日々を綴っています。
会社員と一人暮らしが出来ていているのに、発達障害は確かなようです(診断済み)。



発達障害のわたしのこころの声 (ヒューマンケアブックス)

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