アンガーマネジメントは必要か

今、怒っている。
そんな話をすると、「もう忘れた方がいいよ」「ネガティブなことに精神力使うのは良くない」「自分が疲れちゃうよ」「前に進もう」と言われる。

この前、久しぶりに会う友人と話をしたときのことだ。
彼女が、彼女自身とてもショッキングな経験をしたときに感じたのは悲しさとか絶望感とか心配とかではなく、怒りだったのだという。
「怒ったおかげで、あの時期を乗り越えられたんです」と言っていた。

怒りはエネルギーだ。
確かにネガティブなエネルギーかもしれないけれど、エネルギーが枯渇してしまっているよりは、エネルギーがあるだけいいんじゃないか。
怒りをエネルギーに生活ができているなら、それでもいいんじゃないか。
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「普通の」人生

前の記事に書いたような話を友達にした。
もっと普通の(家庭的な)人生を歩んでいれば良かったと。

するとその友人は、「あゆみはそういう人生には満足できないよ。飽きちゃうよ。自分で何でもやりたい人だし。ダンナに尽くすとかできないでしょ」と言う。
言われてみれば、そんな気もする。
それで、訂正した。

「普通の生活を歩んでいて、かつ、そういう普通の生活を幸せだと感じる人間だったら良かった」と。

するとその友人はこう言った。「そんなの、すでにあゆみじゃないよ」

そうか。それもそう言われてみればそうだ。そんな自分は想像がつかない。
今自分が持っているもので勝負するしかない。今の自分で人生生きていくしかない。

でも、うらやましい。
隣の芝生は青いだけなのだろうか。

別の人生

久しぶりの海外出張は順調に目的を達成し、いい気分で現地を発った。
訪問先から国際空港へタクシーで向かい、慣れた手順でチェックインをし、お土産を購入し、荷物を預ける。

私は自分が自分の狭い適性に合った仕事ができていることをラッキーだと思っている。
離婚したところで相手からのお金に頼らず、自力で生活していける経済力を持っていることをラッキーだと思っている。
こういう海外出張を自分でしっかりとこなせる力をもっていることをラッキーだと思っている。

だが、空港で駐在ファミリーらしい家族連れが目についた。
ビジネスマンらしいお父さん、それにお母さんと2人の子ども。

うらやましい、と思った。
こういう人生が歩めたら、そしてそういう人生を幸せだと感じられたら、どれほど良かっただろうと思った。

空気が読めない強み

ブリュッセルに出張に行ってきた。
現地の偉い役人とのミーティングが目的だった。
会社が雇っている現地の弁護士が実務はやってくれるのだけれど、会社の代表としてミーティングに出席した。

会社の代表としてとはいうものの、うっかり失言などできない。
話すのは現地の弁護士任せで、まあどんな感じなのか様子を見てくればいいという話になっていた。

いざ、ミーティングが始まると、なんか納得がいかない。
会社側の弁護士はいろいろ議論しているが、今一つ先方の態度に納得がいかない。
「すみませんが」と口を挟んだ。
「法律的な議論としてはご説明は分かりますが、当社としてはこのやり方を不公正な取り扱いを受けていると感じています」
ぶっきらぼうに言い放った。

先方はびっくりしたらしい。
明らかに慌てて、「不公正な取り扱いをするということは絶対にない」などと言っていたが、その後は弁護士だけではなく、私の方も気にしながら話すようになった。
私がまずいことを言いそうだったら止めてね、と弁護士には頼んであったのだが、隣で弁護士は役人側の反応を面白がっていたようだった。

後で聞くと、こういう場で日本人が、自分側の弁護士を通しもせずに、直接役人に文句を言うというのはとても珍しいらしい。

思ったのだが、私は空気を読まない(読めない)分、その場の雰囲気にのまれるということがないのではないか?
理屈が通らなければ変だと思うのは、相手が誰であれそう思うし、そう思えば言う。
そして仲の良い同僚に言われたのだが、「あゆみは無駄に愛想を振りまいたりしないから、日本人にしては異質に見えるんじゃないの?」とのこと。褒められているのかどうか分からないが、確かに愛想は振りまかない(振りまけない)。この時も、英語力のせいもあるが表現はぶっきらぼうで、そして悪気はないのだが無表情だったと思う。
そりゃ相手はびっくりしたかもしれない。

空気が読めないのは、プラスに働くこともある。

子宮体がんの検査結果

先月から不正出血が止まらなくなり、なんとなくマズイんじゃないかと怖くなって一応検査に行っていた。
まあ、ストレス多かったから、ストレスで自律神経がくるっているのだろうとは思ってはいたのだが。
それでもやはりまずは体の異常がないことを確かめないといけないので、子宮体がんの検査をし、お薬を飲んでいた。

結果を聞きにいってきた。
20人ぐらいのお医者さんがいるクリニックで、診察室も入った診察室番号が16番だったので、20人のお医者さんはほぼ常勤だろうか。婦人科専門クリニックとしてはそこそこの規模だと思う。
そして診察室に入ると、お医者さんの机の上に名札が置いてある。
そこに「副院長」と書いてあった。

・・・・・・。
嫌な予感がした。なぜ、突然副院長? 前回は普通のお医者さんだった・・・・・・
やっぱりアレか、重大な結果を言うには、院長とか副院長とかから言い渡すものなのか。

そうびびっていると、先生は検査結果を取り出し「はい、これ検査結果ですね。異常はなかったです。良かったですね」
良かった~、脅かさないでくださいよ、先生。
(勝手にびびってたんですが)

「何も治療しなくていいですか」と聞くと、「だって異常ないんですから、治療のしようがないでしょ。まあご年齢的に、不調が生じやすくなってきます。また何か異常があったら来てください。ご年齢的に多少不規則になっていくぐらいは普通のことですからね」
ご年齢的に、ご年齢的に、って何か癇に障るな!
微妙なお年頃なんだぞ。

でも異常がなくて良かった。というか、やっぱりストレスって体に出るんだなあ。

お医者さんに「私頭痛もちで、片頭痛のお薬が切れちゃったんですけど、ついでに処方していただけますか」と聞くと、先生は苦笑しながら「しょうがないなあ。それやりだすと収集つかなくなっちゃうから、本当は駄目なんですよ。今日はサービスしときますけど」と言いながら片頭痛のお薬を処方してくれた。
へー、そうなのか。メンタルクリニックの先生は何のお薬でも、それこそ目薬まで出してくれるので、お医者さんてそういうものだと思っていたのが、いろいろ方針があるのかもしれない。
「どのお薬が欲しいんですか」ときかれ、「ゾーミッグお願いします」と言うと、先生は「ゾーミッグ……処方したことない。えーと、どんなお薬だろう」とつぶやきながら手元のお薬辞典を見て確認して、処方してくれた。
正直だし、分からないことを調べるのは正しい。でも、飲み慣れたお薬でなかったら、こんなんことされたらちょっと不安だな。
プロフィール

あゆみ

Author:あゆみ
大人の(成人)発達障害です。
子供の頃から対人関係が苦手、就職後も職を転々。40代に入り上司のパワハラに参ってしまったのをきっかけに精神科の門を叩き、発達障害と適応障害を診断されました。
もはや40代、会社勤めも一応は出来てる、今更発達障害と言われても……と思いつつ、この先の人生が少しでも楽に過ごせるように日々苦戦しながらいろいろ考えてます。

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